愚かなる独白

愚かなる独白

ろくでなしの雑記

映画『ザ・スナイパー』を観たのだが…

 ザ・スナイパー [DVD]

森の中を逃走していた初老の殺し屋と、偶然彼に出くわしたことから犯罪組織に狙われる羽目になった父子が、それぞれの務めを果たすため奔走するサスペンス・ドラマ。監督は『ドライビング Miss デイジー』のブルース・ベレスフォード。出演は『ミリオンダラー・ベイビー』のモーガン・フリーマンと『マルコヴィッチの穴』のジョン・キューザック

 元警官の体育教師レイはある日、妻を亡くして以来荒れるようになってしまった息子クリスと親子の絆を深めるため森へキャンプに出掛けた。すると彼らはその森で、警察の追っ手を逃れる殺し屋カーデンに遭遇する。正義感からカーデンを連行するレイ。しかし、その後をカーデンの仲間たちが追いかけてきていた。数々の危機を乗り越えながらレイとクリスは次第に父子の仲を取り戻していく。一方、FBIはカーデンが要人を暗殺すると判断し、対策に乗り出していた。しかし実は、カーデンはある重要人物の暗殺を政府から任命されていたのだった…。

映画 ザ・スナイパー - allcinema

 

たまたまテレビでやってたから観たのだが、まず思ったことは「邦題が詐欺だろ」ということ。

ほとんどスナイパー関係ない。スナイパーは一応でてくるが、メインではないし。

まあそれはいいとしても、おかしな所が沢山あった。

 

主人公の行動が意味不明すぎ

まず主人公の男の行動がよくわからない。

息子と二人で山にハイキングに行って、そこで死んだ警察と手錠のかけられた犯罪者が川から流れてくる。しかもその犯罪者に「俺を逃せ。仲間が追ってきているから関わるな」と言われれば普通は逃げるはず。

だが主人公は、言うことを聞かず、その犯罪者を連れて行こうとする。恐らくこれは、父への信頼を失いつつある息子に対して”正義とは何か”ということを見せようとしているのだろう。「例え我が身に危険が及んでも、やるべきことをやるんだ」ということだ。

 

だがはっきり言わせてもらうが、そんなの正義じゃねぇよ!

 

合理的に考えれば、無視して逃げたほうが安全だし、出会った時点ではモーガンフリーマン演じるカーデンの素性は明らかになっていない。だから逃がすことが社会的にどんな不利益があるのかということも判断できないのに、犯罪者=悪だから捕まえるんだという考え方は、典型的な馬鹿の発想だし、ましてや子供がいるのに自分が格好つけたいがために息子を危険にさらしているのは、社会的にどうこう言うよりまず父として失格だ。

これはこの映画を観たほとんどの人が思ったことだろう。「早く逃がせよクソジジイ」と。でも主人公はムキになってストーカーばりに殺し屋の男につきまとう。

すると客はワクワクとかドキドキよりも、イライラという感情が立ってしまうので、物語に入り込めない。本来この主人公の父親は、客が感情移入する立場のキャラなはずなのに……。

 

まあそれは、「このキャラクターはこういう男なんです」ということなのかもしれないからそれでいいとしても、そんな「論理的に間違っていることを正しいと妄信して感情的に行動する奴」というのを”正義”として描いている作り手の倫理観を疑う。

 

感情的に行動する奴というのは、個人個人なら構わないが、それが集団になった時や複数で行動する時などでは最も危険な存在だ。実際歴史的に見ても、大きな間違いを犯した人たちというのは、感情的に考え行動した人だった(日本の戦争を焚きつけた奴らもそうだし、魔女狩りした連中だってそう)。 

だからこの映画では、結果的に自分も息子も生きて帰れているが、経過が間違っているのにそれを”良きこと”として描いているのが問題アリだろう。

 

殺し屋弱すぎ

囚われた殺し屋カーデンを救出するべく、軍で鍛え上げられた元軍人の殺し屋が追ってくるのだが、どいつもこいつも弱すぎる。

主人公の男に簡単に殺されて、銃を奪われ、ヘリを破壊されている。さらに指示を無視して山小屋に突入して殺されたり、無能すぎてイライラが止まらない。

主人公は元警察官の体育教師という都合のいい設定で、殺し屋の連中が素人だと思って油断している状況だとしても無理があるだろう。

 

そもそも警察官なんて大して強くもないはず。訓練を受けているといっても、警察は犯罪を捜査するのが仕事で、軍人は相手を殺すのが仕事なのだから、戦えば軍人が勝つだろう。1対複数で、しかも軍人の得意な山というステージだったら尚更だ。それに”元”警察官であって今はただの高校教師。力の差は歴然のはず。それでもストーリーの都合上主人公を殺すわけにはいかないから、それなりに戦えるように後から”元警察官”という設定を申し訳程度につけているが、それは脚本の練り込み不足と言わざるを得ない。

 

殺し屋連中がもっと強くて絶対的な迫り来る強敵で、主人公たちは逃げるしか方法がない、というふうに描けばまだハラハラできたかもしれないし、納得できたかもしれない。

だが正直、父と子の愛情を描きたいのであればもっと別の題材があっただろうと思う。

 

カップルがいらなすぎ

途中で主人公一同がカップルと出会うのだが、こいつらが出てきた理由がわからない。

ただ逃げるだけの映画だから客が飽きると思ったのか、途中で新キャラ登場させているが、別に出てきたからといってほとんど関係ない。

恐らくだが、中盤でカップルの男が殺されるのだが、その為に登場させたのだろうと思う。

男が殺された所でも思ったのだが、主人公がはじめの時点でカーデンを置いて逃げていれば、このカップルの男も死なずに済んだのに。ということは、やはりこの主人公の行動は間違っている。

 

そして何より、最後に女と主人公が仲良くなって公園で飯食ってるシーンのウザさはヤバいっす。

 

偶然に頼りすぎ

この映画はとにかく起こること全てが偶然でできている。

殺し屋のカーデンが警察に捕まったのも偶然起こった事故だし、親子がカーデンと出会うのも偶然。殺し屋に追いかけられて銃で撃たれるが、偶然当たらない。

 

例えば最後のバトルシーンで、モーガンフリーマンが自分の着ていた服を木にかけてヒラヒラさせ、それを標的と見間違えたスナイパーが発砲する。するとその木にかけた服を倒して、銃弾がヒットしたと勘違いさせて後ろに回りこむ。あそこは良かったと思う(別に大したシーンではないが)。

ああいう風に、考えて対応するという描写がないと、客は作り手の都合に付き合わされるだけだし、最後に生き残ってもやりきった感が出ない。

もうちょっと論理的に考えて脚本を構築しないと、見ている人はどうでもよくなる。

 

クライマックスがしょぼすぎ

クライマックスは殺し屋のカーデンを狙う、裏切り者の殺し屋との戦いだが、散々引っ張っておいてこれだけか、と拍子抜けした。

 

後、カーデンが裏切り者を殺した後、本来予定されていた任務を遂行しようとするが、間に合わなかった。そして「任務は失敗したことがないんだぞ」と主人公に言うが、あれは作り手としてはどうしたかったのだろう。

まさか、主人公が関わったことで、カーデンの殺人を阻止した。とでも言いたいつもりなのだろうか。別に主人公は考えもなしに適当に行動し、その結果関係ないカップルを殺し、息子を危険に晒しただけで何もしていないけどな。

 

そして最後も、「俺の息子はどこだ」とカーデンに詰め寄り、カーデンからホテルの鍵を受け取って、ホテルの部屋で縛られていた息子を助けるが、ほとんど主人公は何もしていない。

そもそもカーデンは自分が殺されないように息子を人質にホテルに隠しただけで殺すつもりはなかった。そして息子の居場所を聞かれてすぐに場所を教えているのだから、父が助けたことにはならない。

 

そして結果的に息子は無事で、二人で抱き合い、父と子の絆は深まったかのように描かれているが、前述した通り、結果はどうであれ、息子は父のくだらない正義感に付き合わされて危険な目にあっているのだから、嫌いになってもいいくらいだ。カーデンを川で見つけた時も、息子は関わるのをやめようと提案していたのに。

 

さらにはモーガン演じるカーデンがFBIの黒幕の女の所に行って、「レイと息子のクリスに何かあったら、どうなるかわかってるな」みたいな台詞があって、寒気がした。

何故カーデンが主人公の親子にそこまで肩入れしているのかの説明がないから全く意味不明だし、殺し屋がわざわざそんなことに関わるなよ。お前散々レイに「俺には関わるな」と言ってたくせにお前も変なとこに関わってんじゃねーか!そんなんだから捕まるんだよ。

 

最後の「ええ話でしょ」演出のせいで、主人公の父親と作り手の傲慢な心理が見えてきつかったです。

 

ご都合主義すぎ

ここまでの話を読んでわかると思うが、この映画は全てがご都合主義で溢れている。

ご都合主義というのはエンタテイメントにおいては論外である。つまりこの映画は論外である。

 

要はこの映画の作り手には考えが足りないのだ。はっきり言ってしまえば、バカである。

全てにおいてつまらなく、ダサい映画でした。 

ザ・スナイパー [DVD]
 

 監督の他作品↓

ダブル・ジョパディー [DVD]

ダブル・ジョパディー [DVD]

 

 

ラストダンス [DVD]

ラストダンス [DVD]

 

 

唯一の良いところはテンポがいいってことかな