お笑いの基本概念「緊張の緩和理論」を解説
お笑いの基本的な概念である「緊張の緩和理論」。よく聞く言葉ではあるが、一体どういう理論なのだろうか。
これは落語家の桂枝雀が唱えたもので、緊張の緩和が笑いを生むとする理論である。元々は落語の理論であったが、これは全ての笑いに共通する理論なので、この理論を知っておくと、コメディなどの物語をつくる際に役立ち、逆説的に、ホラーなどを創作する際にも役立つだろう。ただ、緊張の緩和と言われてもよくわからないので、ここで自分なりに解説してみようと思う。
笑いとは何か
大前提として、人は快感を得る時に、緊張から解き放たれて緩和する。その「緩和」の部分が笑いだ。そして笑いには段階があって、大きく分けて三段階に分かれている。
緊張の大緩和
一番根底には「緊張の大緩和」がある。これはいわば、”悟り” のようなもの。悟ったらもう「緊張」がない。緊張がないということは、笑いも生まれない。いや、常に笑いがある状態と言った方が適切だろう。永遠に続く緩和なのだ。
喜びの笑い
大緩和の上には「喜びの笑い」がある。これは、例えば大昔に狩りをしていた時、獲物を捕らえて「やったー!」というものだ。これも大きな笑いであり、喜びは長い笑いである。
笑い
そして一番上には、我々がいつも言っている「笑い」がある。これは時間的に言えば一番短い。その時だけの瞬間のものだ。
このように、ピラミッドになっている。世の中にある、映画や喜劇、漫画や小説、といったものも、全てが緊張の緩和で笑いが起こるのだ。
笑いの分類
笑いは段階があると説明したが、笑いはその他に種類もある。
1.知的な笑い『変』
2.情的な笑い『他人のちょっとした困り』
3.生理的な笑い『緊張の緩和』
4.社会的・道徳的な笑い『他人の忌み嫌うこと』
この四つに分けられる。一つ一つ説明していこう。
1.知的な笑い『変』
普通なことは『緩和』(安心)で、変なことは『緊張』である。頭で考えて「それはおかしいぞ。なんか変だぞ」という、この『変』が緊張だ。おかしなこと、ありえないことに人間は恐怖を感じるからだ。
じゃあ漫才のネタなどでは何故笑えるかというと、それはネタであるということ、つまり遊んでいるというのが大前提として客がわかっているからだ。大緩和が根底にあるから『変』さえ起こせば笑いになる。
それが例えばネタじゃなく、人が浮いているとか、本当におかしなことがあれば、人は驚いてしまって笑いにならない。緊張が勝ちすぎて緩和しないのだ。全てに言えることだが、緊張が勝ちすぎると「笑い事ではない」となってしまう。普通であることから少しズレると『変』になる。
そして、ズレるのとは逆の”合う”のも『変』だ。自然には合うものなど無い。ピッタリ合うのは不自然なことだから、何かが物理的にピッタリ合うと快感だし、物語でも別々に進んでいると思われたエピソードがピッタリ合うと快感だ。それが面白いと感じる。
2.情的な笑い『他人のちょっとした困り』
『困り』が緊張。困っていないのが緩和。だが自分が困ると笑えない。だから他人事でないといけない。しかしいくら他人事といえども、人間には共感能力があるから『ちょっとした困り』でなければならない。
よく言われる例だが、貧しそうな人が歩いていて転けても、かわいそうだから笑いにならない。でも、リッチでキザな男が格好つけて歩いていて転けると笑いになる。「奴ならいいだろう」という人間心理である。
3.生理的な笑い『緊張の緩和』
1も2も全ては生理的なものだから結局はこの3に当てはまるのだが、もっと根底の生理的な部分でいえば、例えば赤ちゃんに「いないいないばあ」をする。初めは笑わない。緊張が勝っているから。もちろん知らない人がしても笑わない。緊張が強すぎて泣く場合もあるだろう。だが段々慣れてきたり、信頼の置ける母親が「いないいないばあ」をすると笑う。
これは「ばあ」とした瞬間に緊張が発生するが、両者の間で信頼がある、つまり緩和が土台にあるから笑えるのだ。友人同士で変な顔をして笑わせるのも同じだ。ふざけているというのがわかったら面白いが、全く知らない人が急に目の前で変な顔をしてきても怖いだけである。
4.社会的・道徳的な笑い『他人の忌み嫌うこと』
これは単純で、要はタブーに触れるということ。有吉弘行などの毒舌芸人ど言われている人の笑いはこの系統だ。一人でいるときは発生しないが二人以上になると言ってはいけないことが発生して、それをいうと笑いになる。
言ってはいけないというのが緊張。それを言った後の相手のリアクションによっては緊張が緩和しない場合もあるが、相手が笑っていたり、冗談として通じていれば緩和されて笑いになる。
1〜3までは人類全てに共通する(もちろん知識などによって個人差はあるが基本的な部分は共通する)が、この4だけは国や文化、考え方が大きく変わってしまうと一切通用しないので、よく国によって笑いの種類が違うと言われるのはこの部分が原因だ。だから外国人を笑わせようと思ったら、1〜3のどれかで笑わせれば大丈夫だろう。
サゲ(オチ)の分類
落語にはサゲがある。すべらない話などの笑い話にもオチというものがある。そしてそのサゲ(オチ)にも種類があり、4つに分けられる。
1ドンデン(「合わせ」から「離れ」に)
2謎解き(「離れ」から「合わせ」に)
3へん(離れ)
4合わせ(合わせ)
そしてそのオチには領域区分というものがある。
「ホンマ領域」という部分が通常の話の筋で、つまり正常なので「緩和」である。対して「合わせ領域」「離れ領域」の部分が、上でも書いた通り、離れるのも合うのも異常なものであるから「緊張」である。
話が変な方向に転がっていく(離れ領域)と「なんじゃそれ」「そんなアホな」と不安になり、逆に話の辻褄が合う(合わせ領域)と「そういうことだったのか」と、安心する。
両方変なことではあるが、それが笑いとして成立するのはネタだからだったり、すべらない話のように笑える話であると明言しているからである。
1ドンデン(合わせー離れ)
ドンデンは、よく言うドンデン返しの「ドンデン」である。
これは、話の筋が一度合いそうになるが、結局最後は離れていく。というオチだ。
一度安心しそうになると「実はそうじゃないんだ」と話が思わぬ方向へいくようなもの。
これに分類された落語『時うどん』
2謎解き(離れー合わせ)
これは一度離れていきそうになるが、最後には合うオチだ。
オチに近づいていくにつれて疑問が起こり「何故こうなるんだ?」と不思議に思っていると「実はこうだったのか」と安心の『変』へ収束する。
これに分類された落語『皿屋敷』
3へん(離れ)
これは今までとは違い、膨らみも萎みもせずに突然『変』が訪れる。
これに分類された落語『池田の猪買い』
4合わせ(合わせ)
これも3と同じ、急に合わせるオチ。
これに分類される落語『死神』
YouTubeにあったので千原ジュニアver.
四つのサゲの総合関係
右の「ドンデン」と「へん」が「そんなアホな」というサゲで、左の「謎解き」「合わせ」が「なるほど」というサゲ。また、上の二つが「緊張と緩和」がはっきり区別されているが、下の二つは「緊張と緩和」が混ざっている。
全てのネタは図の座標上のどこかの一点をしめている。だがこの四つは完全に孤立しているわけではなく、互いに影響しあいサゲをこしらえている。
例えば、謎を解く手段に「合わせ」を使ったり、謎を解いた結果が「へん」になったり、というように。
このように、笑いというのものにもしっかりとした理論がある。わざわざネタを作るときにこの理論を意識しなければならないわけではないが、知っているのと知らないのとではずいぶんと差があるだろう。自分の作ったネタや作品が自分でおもしろくないと感じた場合などに、なぜ面白くないのかを考えるためこの理論は非常に役立つからだ。
これは人を笑わせる理論だが、これを応用すれば、怖がらせることもできる。だから漫画家を目指していたり小説家を目指している人も、この理論はしっかり勉強しておいた方がいいと、個人的には思う。
ここに書いてあることよりもっと詳しいことが知りたければ、以下の本を読んでください。