愚かなる独白

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ろくでなしの雑記

流行っているものが面白く感じない理由

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流行ったものや流行っているものが面白くないということを誰しも感じたことがあるだろう。

これには理由がある。

 

流行っているということは大多数の人間が好きということだ。

しかし考えてみてほしい。例えば会議などで皆の意見を聞き入れると、その案は平均化されて結局普通のものになってしまう。これは当たり前のことだ。人間はそれぞれ趣味趣向が違う。だから全員が納得するには、それぞれが妥協し合い、それぞれが持っている主張に折り合いをつけるしかない。すると皆が納得出来るものになる。皆が納得出来るということは、大したことはない平均的なものであるということ。

会社経営などでも、一人の独裁者が決める方が結果として尖ったものになりやすくて良かったりする。例えばAppleAmazonFacebook。どれもが一人のカリスマによってここまでの位置に来たと言える。

でもやはりAppleの製品は、好きな人は大好きだが、嫌いな人はとことん嫌いだ。

 

そしてそれは物語でも同じ。

国民的ヒットと言われるくらい流行った作品は、読者の殆どの人たちに迎合して作られていることが多い。良い言い方をすれば、読者のことを考えて作られている。だからやはりそれなりに面白いことは面白い。でもドンピシャで自分の心に刺さるまでではないから「好き」とは言えない。

ドンピシャで心に刺さらないのは、上にも書いた通り、読者皆の共通の好みの部分を使って作っているから。つまり、自分の好みの欠片が少し含まれているに過ぎないからだ。

でもそのおかげで、多くの人の心に掠れて、普段物語を楽しまない人が「結構面白いね」と言って食いつく。

 

今のテレビ番組などもそうだろう。

苦情が来てはいけないから、誰にも文句を言われないように作る。すると”ちょっと面白いもの”ができる。でも世間の殆どの人は番組にそこまでの面白さを求めていない場合が多いから、それで十分に満足する。だがそうすると、テレビが好きな人は言う。「最近のテレビはおもしろくない」と。

 

何でもそうだが、本当にどストライクの作品を作ろうと思うと、一部の人に受けるが一部の人には全く受けない状態になるしかない。

わかりやすく例を出すが、激しい暴力描写が好きな人は、激しい暴力描写のある映画を心から熱狂して楽しめるが、その手の描写が苦手な人たちにとっては最悪の作品となる。

もし多くの人に受け入れられようと思ったら、あまり激しくない、不快にならない程度の暴力描写で済ますといいが、そうすると激しい暴力描写が好きな層は「つまらない」と言う。だが全く暴力描写のない作品よりかはマシだから一応観るだろう。そしたらその作品はヒットする。

 

ということは、金のことを考えるとあまり無理せず普通の作品を作っていた方が良いのではないかと思うかもしれないが、実はコアなファンを獲得している方が強かったりもする。コアなファンは中々離れないからだ。

だから長期的に生き残ろうと思ったら、皆から気に入られようと思わないほうが良いのかもしれない。自分自身にも言えることだが、八方美人でいると最終的には信用されなくなることが多い。

 

つまり、流行っているものが面白く感じないのはある意味当たり前だ。

万人受するということは、万人の”好き”の成分を少しづつ抽出して作られていて、場合によってはその成分が自分の中には一ミリたりとも入っていないこともあるし、もし入っていても、自分にとってドンピシャの作品も数多くある中でわざわざその”少し面白い”作品を好む必要はないからだ。

 

だが世の中ではたまに、「よくわからないけど好き」とか「なんとなく面白いような気がする」ということもある。

人は他人に流されることも往々にしてあるので、メディアが「これは面白い作品ですよ」とか「今これが流行っていますよ」と言うと洗脳されて、自分はよくわかっていない癖に「これは面白いんだ」「自分はこれが好きなんだ」と錯覚して、結果として大ヒットになる場合もある。これがやっかいなところだ。

例えば宮崎アニメなんかはその典型だと思う。あれだけ大ヒットしているのに、大衆は全く理解していない。それは宮崎アニメが難解だからという理由もあるが、理解した途端に、思想的に自分には合わないということがあるかもしれないのに、それがわからないから面白いはずだと思い込んでいる。

 

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まあ殆どの人は他人が作った物語になんか大して興味がなかったりするからそれが正常なのかもしれないけどね。