愚かなる独白

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

愚かなる独白

ろくでなしの雑記

高橋ヒロシの漫画『ワースト』ってさ……

WORST(1) (少年チャンピオン・コミックス)

 

この漫画は親が好きで単行本が揃っていたので一応僕も読んでいたが、正直言って駄作だなと思った。

ダメな部分を挙げるときりがないが、まず説教臭くてブレブレなところがダメ。しかもその説教が浅くて薄い。

 

作者の高橋氏はいつも、自分が思っていることをキャラクターに代弁させるのだが、ある時「嫌な仕事をやりながらペコペコ頭を下げるのはクソだ」という趣旨の発言をキャラにさせていた。だがこの漫画では、喧嘩の時、ちゃんと頭を下げられる男が大物であるかのような描き方をする。最後の方で武装戦線と卍帝国がやり合うにあたって、武装戦線の兵力では戦えないから、鈴蘭の花たちに手伝ってくれと頭を下げに来る場面を「カッコイイでしょ?」と言わんばかりに見開き2ページを使って描いている。

f:id:utakahiro:20160307143143j:plain

もうこの時点でブレブレなのだ。必要な時にちゃんと頭を下げられる男が大物なら、サラリーマンだって立派だろうと言いたくなる。仮に、「ペコペコ頭下げるのはクソ」というセリフは作者が思っていることじゃなくて、作中のキャラが思っているだけだと言うなら、それはそれでおかしい。何故なら、そういうセリフを吐く人物は作中でもメインの立派なキャラだからだ。

しかも武装戦線は少数精鋭がその良さで、作中では「喧嘩は数じゃない」みたいなことを散々言ってるわりに、結局数に頼ってるやん。

 

そして何よりダメなのが、不良漫画なのに不良をわかっていないところだ。

登場人物はみんな良い奴。悪いのは天地くらい。でもそれも大した悪ではない。しかも弱い。

普通不良の世界というのは、陰惨で理不尽な暴力に溢れている。みんな簡単にルールを破る奴らばかりで、すぐに手が出る。つまり理性が弱い。だから一般の世界以上にいじめなども多い。

僕が知っているヤンキーの連中は、何の理由もなしにいきなり「ちょっと殴らせてーや」と言ってきて、人をサンドバッグのようにバシバシと殴ってくる。本人は遊んでるつもりだが、常識的に考えるとちょっとありえない行動だ。そういうのが一般人がイメージする不良だろう。でもそういう奴らは出てこない。

 

そして喧嘩漫画なので、喧嘩のシーンが沢山出てくるが、この漫画は暴力の描きかたが甘い。鈴蘭高校は恐ろしい学校であるかのように言っているが、全くそうは見えない。むしろ楽しそうで入学したくなるほどだ。つまり甘い世界なのだ。

喧嘩というのは、本来争いが起きる事を言う。つまり意見が対立した時に起こる事だ。だが現実の不良達の世界にはもう一つ喧嘩が起きる理由がある。それはどっちが強いかを決める、スポーツの要素がある喧嘩だ。この漫画にはそのスポーツとしての喧嘩しか描かれない。だから甘い世界に見える。

意見が対立した時に起きるような喧嘩は、相手を潰すことが目的だ。つまり邪魔者を排除する事が目的だから、どんな手を使ってもいい。相手を痛めつけて、ギャフンと言わせて自分がスッキリしたいのだ。だからヤクザの世界のように、闇討ちをしたり、複数で一人をリンチしたり、武器を使ったりして、とにかく相手を痛めつければいいだけ。つまり途中で負けを認めても殆どの場合意味がない。何故なら痛めつけることそのものが目的だからだ。だからこそ恐ろしい。

だがどちらが強いかを決める喧嘩では、自分の強さをアピールするためだから、武器を使って勝っても意味がないし、リンチなんかは寧ろビビっていると思われるから逆効果。だから正々堂々とタイマン勝負になる。でもそれは自分が負けを認めさえすれば終わるし、そもそもそんな”競技”に参加しなければいい。

よく元ヤンのおっさんが「武器を使う奴はビビリのやつだけだぜ」みたいなことを格好つけて言っているが、それは個人個人の目的の違いもあるのかもしれない。つまり、相手を痛めつけることが目的なのか、自分の強さを誇示するのが目的なのかだ。

『ワースト』では、みんなスポーツとして喧嘩をしているだけだから、喧嘩をする前もした後も、お互い認め合って馴れ合いをしているだけで緊張感がないし、現実味がない。だからつまらない。

 

花木九里虎というキャラが登場する。彼は作中最強キャラだ。

f:id:utakahiro:20160307144143j:plain

彼が主人公の花と喧嘩をするとき、まず体育館でタイマンを約束した。花が先に体育館で待っていると、九里虎は後ろから忍び込み、椅子で花のことをボコボコにした。周りで見ていた奴らはズルいと言うが、九里虎は関係ないと言う。

僕はここで、九里虎が花に、「喧嘩はスポーツではないんだぞ。勝ちさえすればいいんだ」ということを教えるという展開になるのかと思った。九里虎はそれを知っているから強い、という説明にもなるし、喧嘩の恐ろしさや、理不尽さを体現して教えることによって、花は成長し、後の展開で活きてくるのか思った。だがそういったことは一切ない。結局花は甘いスポーツ感覚のままで、花と喧嘩する奴らも、その土俵で戦うだけで、一切”暴力の返り”もないまま終わる。

最後に卍帝国のビスコと言われる、敵で一番強い男とタイマンする。この喧嘩シーンを飛ばして、後日談で「負けました」とするのであれば、ちゃんと描いた上で、花は歯が立たずに負けそうになるが、噛み付いたり、目潰し、金的をしたり、反則と思われるような攻撃を仕掛けてなんとか勝つという描写にすれば、九里虎とのタイマンも活きてくるし、「喧嘩はスポーツではなくもっと恐ろしいものだ」というメッセージにもなったのに。

 

 

他にも、未成年がタバコを吸いまくっているくせに、タバコのポイ捨てはダメだとか作中で説教を始めたり、花は他人の喧嘩は暴力を使って止めるくせに、自分は喧嘩をしまくっているなど、むかつくところは沢山ある。

何より一番問題なのは、主人公の花に魅力がないということかもしれない。花はただの頭のおかしい人で、人間味が一切ない。”ルフィ病”と名付けよう。

そして主人公の月島花は、不良ではない。だから『ワースト』という漫画は、本来不良ではないけど喧嘩が強い花が、不良の世界に入って、そのギャップで笑わせたり、調子に乗っている不良を一般人の花が倒してカタルシスを得るような漫画であるはずなのに、そこが描けていない。一般人の花が不良の文化に驚いたり、逆に不良たちが花に影響されて更生したりするような描写は一切ない。結局花は普通に不良の世界に馴染んで、ただ普通の不良でもない存在として生きているだけ。だから結果中途半端でつまらない。わざわざ田舎の山奥に住んでいた真面目な月島花を主人公にした意味がないのだ。

 

 

とにかく『ワースト』は、不良を美化している漫画だ。勿論エンタテイメントに振り切るために、つまり読みやすくするためにドロドロした展開を一切描かないようにしているのだが、それなら不良というテーマはやめておいた方がいいのでは?と思う。10代の少年を描く漫画多いが、思春期なんて、非常に複雑で繊細な時期なのだから描くのは本来難しいはずだ。それを安易に手をだすのはどうかと思うし、だからと言って、そういう心理描写や不良の世界のヤバさを描かないのは教育上悪いと言わざるをえない。例えば映画『エクスペンダブルズ』のような、人が死にまくることをエンタテイメントにしている作品もあるが、あれは完全に現実離れしているから真似したくてもできない。だが不良にだったら誰でもなれるし、暴力もふるえる。だからこういう漫画のせいで、どこかの芸人さんみたいに不良に憧れてドロップアウトしちゃう人が出てくるのではないか。

だからと言って止めろとは言わない。これをただの読み物として一線を引いて楽しんでいる人たちもいるから。だがこういう漫画こそ有害図書だろと思うのだが。まあ有害図書指定したから何だよって思うけど。

 

あと、エンタテイメントに振り切っている不良漫画だったら、まだ『ギャングキング』の方がおすすめ。『ギャングキング』は有害図書指定されているが、それはストーリーや描写の不道徳さが原因ではなくて、おそらく主人公が自分で自分に入れ墨を入れることが問題視されているのだろう。憧れて入れ墨を入れる人も出てくるだろうから。

 

 

 

「俺らの時代は良かったけど、今のガキは武器使ったり複数でしか喧嘩できねぇからダメだ」とか言っちゃう大人が嫌いです。この漫画からはそういう臭いを感じます。