愚かなる独白

愚かなる独白

ろくでなしの雑記

馬鹿は映画の見方もわからない

f:id:utakahiro:20160426005928j:plain

 

 


映画の感想で、短絡的に「ダメだ」と結論を出してしまう人がいる。それについて少し思うことがある。
僕はTwitterにもこう書いた。

 

例えば、映画内でこんなシーンがあったとする。

刑事である主人公が犯人を追いかけていて、その犯人を銃で撃てるチャンスがあった。だが主人公はためらって撃てずに逃がしてしまう。その結果犯人はまた他所で事件を起こし、主人公は後悔する。

これを見て僕なんかは、「あぁ主人公は人を撃つのは初めてだからビビってるんだな」とか「何かトラウマでもあるのかな」とか考える。
だがよく「主人公がアホすぎて……」とか「いや撃てよイライラするな」と怒る人がいる。そして主人公の行動に感情移入できないからその映画は駄作だとまで言う。

だが本当にその映画はダメな作品だろうか。はっきり言ってそれは違う。
普通なら撃たなければならない状況で撃てない主人公を描いているのだから、そこを批判しても意味がない。「なんで撃たないんだよ」と言っても、作り手に「そういうキャラだからだよ」と言われるだけだ。もしその映画を批判するなら、その”撃たなければならない状況で撃てない”というシーンの描き方を批判するべきだ。例えば、アングルが悪いとか、演技が下手とか、わかりにくいとか。それかその映画が、撃たないことを「良い事」として描いているなら批判すればいい。それを「主人公の失敗」として描いているならOKのはずだ。

撃てない主人公を描くシーンで「撃てよ馬鹿だな」と言うのは、殺人鬼が人を殺すシーンで「それ犯罪だろ」と言っているのと同じだ。
ダメな人間を描いているなら、当然観客は「ダメな奴だ」と思う。そう思うように作っているからだ。

結局自分の意図した行動をとらない主人公に勝手にイライラしているだけで、それは作品の責任ではなく自分の責任だ。イライラする方が悪い。

やはりどんな映画だって、観る前にどういう系統の物かを知って観ないと楽しめないし、もし事前に知らなくても、途中で気づいてそれを観る心構えでいないと正しい感想は出ないだろう。
わかりやすく言うと、ホラーなのにアクションと思って鑑賞したら「全然アクションないじゃん」といった感想になるということだ。

僕が例に出した”犯人を撃たない映画”の場合は、主人公が観客の思惑通り敵を倒しまくる”爽快アクション”ではないというのがわかる。イメージ的に多分、一人の人間の葛藤と成長を描いている作品だ。そういう事がわかって観れると、今まで自分が納得できなかったシーンもある程度わかるから映画を楽しめるはずだ。
どんなものでも、最大限楽しむには、受け手にもある程度の努力が必要なものだ。



怖がらせようとしているシーンで怖くなったらそれは良いシーン。イライラさせようとしているシーンでイライラしたらそれは良いシーン。テンションを上げさせようとしているシーンでテンションが上がったらそれは良いシーン。ダメな主人公を描いているシーンでダメな主人公だと思ったらそれは良いシーン。
自分がその映画を気に入るかどうかは横に置いて、客観的に上手い作りだというのは認めるべきだ。つまり、自分が好きかどうかと、その作品の良し悪しは別だということ。

それが理解できない人は、自分が気に入らないものは全て間違っているという自己中心的な、自分が絶対正しいという考え方だ。さすがにそんな思考だと、自分の楽しめるコンテンツが少なくなって、結果的に自分が損をするだけだと思う。

ドアの映画史―細部からの見方、技法のリテラシー

ドアの映画史―細部からの見方、技法のリテラシー

 

幼稚な大人が多いように思うけど、どうなんでしょうね。