愚かなる独白

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愚かなる独白

ろくでなしの雑記

映画『ノーカントリー』レビュー

映画

ノーカントリー (字幕版)

 

www.youtube.com

 

 

94点

 

 

この映画は間違いなく傑作。
まずアントン・シガーというキャラクターを生み出したことが凄い。見た人全てがこのシガーに持って行かれるだろう。
髪型も服装も異様で、顔の圧力が半端ない。普通に歩いているだけでも恐ろしく、強大な存在感がある。
例えるなら怖い日村みたいな感じ。

演出面でも、音楽がほとんどないし台詞も少ない静かな映画だ。だが緻密に描いているおかげで映像だけでも何があったかわかるし、普通のシーンでも緊迫感が凄い。その人物の行動によってどういう性格かを的確に表現しているし、まさに映画を観ているという気分にさせてくれる。(ちなみに僕はシガーが自分の傷を治療するシーンがお気に入り)

この映画は寓話的で、台詞での説明も何もないから見る人によっては中々理解し辛い作品かもしれない。
僕も初めて見たときは、シガーの存在感のおかげで面白く観れたもののよくわからなかった。
そもそも『ノーカントリー』という邦題もおかしい。原題は『No Country for Old men』で、直訳すると「老人の住む国じゃない」という意味だ。それを『ノーカントリー』だけにしてしまったら全く意味がわからないだろう。

まずシガーという人物は一体何なのか。彼は暴力の化身として描かれている。
人生なんて全て意味はなく、この世の不条理さもただ歯車のように絡み合って偶然起きることだったりする。それは非常にシステム的で、その”システム感”をアントン・シガーという人物に託しているのだと思う。それはまるで天災のようなものだ。
だからシガーは自分の決めたルール通りにしか動かないし、コイントスの運命には絶対に従うのだ。

シガーは非常に論理的な人物で、情緒などは一切持たない。むしろ論理しかないと言ってもいい。そこにシガーのシステム性が色濃く出ている。武器も、ただ真っ直ぐ重たいものがドスンと襲いかかってくるようなものを使用していて、それはよりシステム感をを出すためだろう。しかも保安官の話からわかるように、彼のエアガンは最新型の武器であり、それはつまり現代の悪意の象徴でもあるということだ。

そして作中に登場する人物はその「システムとしての悪」「不条理さの象徴」であるシガーに有無を言わさず次々と殺されていく。
ガソリンスタンドでシガーのコイントスによって助かった人も、たまたま助かっただけで、そこに意味なんてない。それはシガーとの会話にも表れている。シガーの言ってる意味は「お前の人生はこのコイントスのように裏か表かで生き残ってきただけにすぎない。今もお前が死ぬか生きるかなんてわからないし、生き残ったとしても意味なんてない。だから早く裏か表か言え」ということだ。よく「人生はギャンブルだ」と言ったりなんかするが、そんな感じだと思えばいいと思う。

だが最後カーラをコイントスに賭けようとしたシガーに対して、カーラが「決めるのはコインではない。あなたよ」と言う。つまり「お前は神ではなく人間だ」という意味だ。それによってシガーは少し困惑するが、結局自分の意思でカーラを殺害する。その後シガーは事故に遭う。
社会は人が集まってできるもので相対的なものだ。絶対的な神のような存在はいない。ただ人々がそれぞれの思惑で生きていき、それが複雑に作用しあい、どこかで結果として現れるものだ。
シガーは信号が青だったから渡れると思って渡ったが、横から車に衝突された。つまりルールでは安全とされてても自分で安全か確認しないと生き残れないということが表れているし、シガーのような悪意の塊でさえ、別の悪意に飲み込まれることがあるということを象徴している。よってシガーもまた世界というシステムの中にいる一員にすぎないのだということが表現されているのだ。

そして保安官のベルが引退するのは、そういう現実の悪意や不条理さと戦うのではなく、受け入れることを表している。
冒頭のナレーションでベルが語る。
「魂を危険にさらすべき時は“OK”と言わねばならない。“この世界の一部になろう”と」
そして映画の後半にベルの叔父が言う。
「(この世界を)変えられると思うのは、思い上がりだ」
つまり、ベルはこの世界の不条理さを知って、それに辟易するだけじゃなくて自分もその世界の一部になった。つまりそれを現実だとして受け入れたということだ。

そう考えるとこの映画は非常に現実主義的な考え方で作られていて、現実世界の不条理さがこの映画の二時間で表現されているのだ。

同じコーエン兄弟の映画なら『ファーゴ』も同じようなテーマだ。

この『ノーカントリー』の原作は『血と暴力の国』という小説だが、同じ作者コーマック・マッカーシーが脚本を書いた、リドリー・スコット監督の『悪の法則』も『ノーカントリー』と全く同じテーマだ。
個人的には『悪の法則』の方がよりわかりやすいからおすすめ。

 

 

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精神科医によるとシガーってサイコパスらしいよ。