愚かなる独白

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ろくでなしの雑記

短編小説「憩いのジャングル」前編

憩いのジャングル・前編

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 こんなに不安になったのは生まれて初めてだった。
 俺は今、どこかの国のどこかのジャングルにいる。おそらく一週間が過ぎた。いや、もっとかもしれない。そして今が何時かもわからない。多分、なんとなくだけど、夕方くらいだと思う。
 そんなことより、とにかく腹が減りすぎて全身に力が入らない。水分は、木を切って出てくる水で確保できたから今までなんとか生きながらえているけど、食料がないことにはいずれ死ぬ。何かを口に含まなければダメだ。見たこともないような虫ならその辺にいくらでもいるが、さすがにそれを食べる気にはなれない。たとえ火を通したとしても絶対に無理だ。俺は虫が嫌いなんだ。
 あそこから出た時、何としてでも生きて帰ると強く誓ったが、そろそろ限界がきていた。奴らに捕まったら一巻の終わりだ。確実に死ぬよりつらい目に遭うだろう。考えただけでも気分が悪くなってくる。畜生。苛々する。

「お、おい……ちょっと待ってくれよ」

 後ろから情けない乾いた声が聞こえた。通訳の男だ。
 彼は明らかに俺より疲弊していた。顔もやけに青白く、その短い足もフラフラだった。

「ちょっと休もう……」

 男が木に寄り添って座り込んだ。

「そうだな……」

 そう言って、俺も男の横に腰掛けた。

「なんでこんなことになっちまったんだよぉ」

 通訳の男は泣きそうになりながら、木々で覆い隠された空を見上げて言った。
 確かに、俺もそう思う。ほんの何日か前までは日本でいつも通り堕落的な日常を送っていたのに、なぜ今俺はランボーみたいなことをしているんだ。つくづく運の悪い人生だ。


*****

 すべては姉が失踪したことが始まりだった。
 パチスロで十万も負けたから、久しぶりに姉に金を借りようと家に行った。ボロボロのガラクタみたいなアパートだ。
 風俗で夜に働いている姉は、夕方にはまだ家にいるはずだが、その日はなぜかいなかった。扉の横についているポストに合鍵が入っているから、それを使って勝手に開けて、勝手に上がり込んだ。
 犬のミニチュアダックスが飛びかかるようにして寄ってくる。飼い主がいなくて寂しかったのか、やけに元気だ。だがよく見るとおかしい。足元がおぼつかない様子だった。
 腹が減っているのかと思って戸棚に入っていたドッグフードをやったが、食べようとせずただ俺の方に寄ってくるだけだ。
 鬱陶しいので軽く足で押しやったが、まだ懲りずに寄ってくる。何度蹴ってもきりがないので無視して棚を漁った。
 いかにも金が入っていそうな封筒を見つける。封筒には死に損ないの老人が書いたようなガタガタの字で何か書いてあるが、読めそうにないので諦めて封筒の中を覗いた。なにも入っていなかった。他にも色々漁ったが、結局金目のものは一切見つからなかった。
 姉には、子供の頃から何かをしてもらったこともないし、一緒に遊んだ記憶も殆ど無い。逆に文句ばかりで、何かあるたびにヒステリックに怒鳴り散らしてきた。はっきり言って嫌いだ。俺にとって姉はただの金づるで、利用するだけの存在でしかない。向こうが俺に金を貸すのも、俺がキレると面倒くさいのをわかっているからだ。つまり金で俺のご機嫌を買ってるんだ。
 俺は諦めて家を出た。
 しょうがなく姉の勤め先の風俗店に行く。姉の同僚のミキちゃんにフェラをしてもらいながら姉がいないことを話したが、ここ最近店にも来ていないという。
 嫌な予感がした。姉は過去に闇金に手を出し、その借金を返すために風俗で働きだした。全額返済したらしいが、なぜか辞めることなく働き続けた。姉は陽気ではあるし、昔から家出をするようなタイプでもなかった。だから急に失踪するとしたら、自分の身に危険が及ぶ時以外考えられない。つまりまた闇金に手を出した可能性があるということだ。そしてもし借金を返したくないからという理由で逃げたのだとしたら、弟である俺の元に闇金の連中が来るかもしれない。そうなると実に面倒くさい。

*****

 翌日パチンコに行くために外出する時、自分の身に危険が及ぶかもしれないと思って机の引き出しから自作のキーホルダーを取り出し、家の鍵につけた。このキーホルダーは一見するとただの楕円形の飾りのようだが、実は仕込みナイフになっていて、楕円形の飾りには『California』と書いてあり、その”C”の部分を押すとナイフが飛び出す。刃渡り三センチほどの小さなものだが、喧嘩の時にこれを刺せば相手を殺すことはないが怯ませることはできる。
 中学の時に作ったもので、当時俺に絡んできた先輩をこれで刺しまくってやったことがある。先輩は大量に出血して泣きそうになっていたが、全身何十針と縫っただけで助かった。それ以降、先輩はビビって俺を見るだけで目を逸らすようになったが、その代償として俺は少年院へ行くことになった。警察には武器は捨てたと嘘をついたが実際には友達に預けていたので、押収されずに済んだ。
 周りに気を使いながら歩いていると、早速ドスのきいた声で呼び止められた。

「長谷川和樹くんかな?」

 振り返ると、明らかに堅気には見えない男が二人立っている。一人は上下ジャージで、もう一人はスーツを着たサラリーマンのような男だ。サラリーマンのようなといっても、服装がそうであるだけで眼光は鋭すぎる。一見すると刑事のようでもあった。

「なんスか?」

「和美さんのことで話があるんだけど、ちょっといいかな」

 姉のことだった。
 話も聞かず逃げたら不自然だから、おとなしくついて行く。
 やはり彼らは金融屋だった。
 事務所は雑居ビルの二階で、内装は普通のサラ金のように、奥にデスクが四つ並び、手前に小さなカウンターがあった。右の奥にはモザイクのガラスが張ってあるパーテーションがあり、その中に、小さい机をくたびれたソファーが挟んでいた。ちんけな応接セットだ。俺はそのソファーに座らされ、向かいにはさっきのサラリーマン風の男が座った。

「君のお姉さんね、ここで借金してるんだわ。膨れに膨れてざっと二千万だ」

 俺は口に含んだお茶を吹き出しそうになった。たかだか風俗嬢がどうやったら二千万も借金できるんだ。
 おそらく彼らは、女だからいつでも回収できるだろうと思って金を貸しまくったが、突然逃げられたというところだろう。マヌケな奴らだと思うと同時に、現実味のない金額を耳にしたことで変な緊張感もあった。

「君に相談があるんだが、お姉ちゃんを連れ戻して欲しいんだ」

 連れ戻す……。俺はてっきり「お前が金を返せ」とでも言われるのかと思ったが、どうやら違ったようだ。
 というより、連帯保証人もなしで金を貸したのだろうか。闇金稼業も最近は警察の取り締まりが厳しいし、一般人も知識をつけたことでやっていくのが厳しいと聞いた。だから金を貸す基準を甘くしているのかもしれない。

「なんで俺が……」

「海外に逃亡したという情報が入ってね。君が行って説得して欲しい。もしできないのであれば、借金は親族である君から回収することになるが、どうする?」
 こうなることはなんとなくわかってはいたが、いざ目の前に叩きつけられると、怒りが湧いてくる。鼓動が激しくなり、顔が熱くなった。

「俺たちだけで行っても、抵抗されるだろ? だから君が行って説明して欲しいんだよ」

「なんて言うんだよ」

「一千万は負けてやるから残りの一千万をコツコツ返せと」

「返せるわけないだろ。利息はいくらだ」

 こいつらは闇金だ。短期間で借金が二千万まで膨れ上がったということは、相当高い利息を取っているはずだ。

「利息は取らないよ。俺らも全く返済されないよりもされる方がいいからな。姉ちゃんが戻ってくるような条件を出すつもりだ」

 俺は黙った。
 こいつらは信用できない。だがどのみちここで断れば俺が借金の肩代わりをさせられるだけでメリットがない。例え連れ戻すのが無理だとしても、やるだけやってみたほうがいいかのもしれない。
 それか警察に泣きつけばなんとかなるか、とも考えた。だが俺は、闇金から金を借り、いざ返す時になったら警察に駆け込んで、闇金業者の社長を逮捕させた奴を知っているが、その後社員の連中に仕返しで拷問で殺されたのも知っている。この手の業者の、特に下っ端は頭も悪いし常に感情で行動するような理性のない野郎ばかりだ。こっちが法律を盾にしたところで、後で何をされるかわかったもんじゃない。損得の判断ができない奴を相手にすると面倒くさいんだ。
 ならどうすればいい……。

「お前、今仕事ないんだろ?」

 デスクで電話をしていたジャージの男が顔を覗かせて話しかけてきた。
 そうだ。俺は先月まで塗装屋をしていたが、親方と喧嘩になって辞めた。

「もし姉を連れ戻すことができたら、うちで働かせてやってもいいぞ」

「そうだな。今うちは見ての通り人手不足だ」

 スーツの男がタバコに火をつけながら言った。
 確かにまだ朝なのに事務所には二人しかいない。借金の回収に行っているのかと思ったが人手不足だったのか。

「どうだ? 行くか?」

 闇金か……。俺は考えた。他人に同情することがない俺なら確かに向いているかもしれない。緊張と同時に妙な期待感が出てきた。

 これから仕事をどうしようかと思っていた矢先に就職先が見つかった気分だ。ということはこれは面接みたいなものか……。
 だがこれも奴らの手口。俺のような無職のどうしようもない男は、金もなく将来が不安で、誰にも頼られたことがない。そういう奴には、逃げ道を塞いだ上で、進むべき道を開けてやれば馬鹿みたいにそっちに歩いていく。奴らはそうやって俺をコントロールしている。
 だがそれをわかっていても、差し伸べられた手を掴みたくなっている自分がいた。

「行ってくれるな?」

 俺は小さく頷いた。


*****

 聞いたことのない国だった。飛行機で七時間ほどかけてある都市に行き、そこから車で四五時間かけてジャングルの周辺まで来た。所々に木で建てられた小屋があるが、人が生活している様子はない。
 闇金によると、姉はこのジャングルの奥地にあるバナナ農園に潜んでいるということだった。ジャングルの奥地にバナナ農園があるのかどうかはわからなかったが、この蒸し暑い気温と雰囲気的に、いかにもバナナがありそうだった。
 俺の姉がバナナ農園に潜んでいるというのも、姉は学生時代にイギリスに留学していて、その時にこの国の男と交際しており、そして今から行くバナナ農園はその男の実家だということで一応筋が通っていた。俺もイギリスで恋人ができたことは知っていたし、姉のSNSに載っていた写真を見たことがある。確かに、写っていた男の顔がアジア系で、その時俺は「せっかくだから白人と付き合えよ」と言ったのを覚えている。
 闇金の連中は、姉の過去を調べ上げ、元彼に連絡をとって、金で姉がいるという情報を買ったらしい。
 俺たちは通訳の男を雇って行動していた。通訳の男は日本人で、今はこっちで生活している。

「お前、この辺りのことはよく知ってるのか?」

 俺が質問すると、通訳の男は

「私もこんな田舎まで来たのは初めてでわかりません」

 と答えるだけだった。
 明らかに俺より年上だったが、俺は構わず上から物を言った。俺は人によって態度を変える。こいつは気が弱そうだからタメ口でも大丈夫だ。
 俺と闇金二人と通訳の男の四人で、現地のおっさんが運転するボロい船に乗って川を渡った。現地のおっさんは中々鋭い目つきで、頭は悪そうだが喧嘩は強そうだった。
 低いエンジンの音と水しぶきの音だけが鳴っていた。

「ピラニアとかいんのかな」

 闇金の手下が言った。どうやらテンションが上がっているらしい。
 馬鹿丸出しの不細工な顔で川を覗いているこの男の名前は高橋という。上司である闇金の男からは「バカ橋」と呼ばれていた。バカ橋が何か馬鹿なことを言う度に、上司である闇金の男に頭を叩かれていた。初めて高橋に会った時は俺も少しビビったが、今ならタイマンでも勝てる気しかしなかった。
 俺は川に目をやる。川は茶色に濁っており、飲んだらいろんな病気にかかるんじゃないかという思うほどだった。だだっ広い川は、右を見ても左を見ても草木だらけで、たまにぽつんと家が建っている。
 気づけば徐々に川幅が細くなっていった。より奥地に来たということだろう。人のいる気配はまるでない。
 人間の来るところではない場所に、不穏な空気感が辺りを包んだが、俺は何故かワクワクしていた。

「おい見ろよ!」

 高橋が木の上の方を指差した。そこを見ると、木のてっぺんに異様な顔をした猿が何匹も座っていた。

「テングザルだ」

 全身は薄いベージュで、まるで切りそろえたかのような綺麗な体毛に、髪型は角刈りのようになっている。さらに天狗のような長い鼻をもっていて、腹はぽっこりと出ていて可愛らしい体型だ。
 奴らは珍しいものでも見るかのように、じっと俺たちを見つめていた。
 そこで現地のおっさんが何か言ったのを聞いて、通訳の男が話した。

「もうすぐ着くみたいです」

 他校の生徒と喧嘩をする前のような強烈な緊張感が押し寄せてきた。


*****

 俺たち四人は船を降りると、現地のおっさんを先頭にして歩いた。
 船を降りる所は意外にもちゃんとした桟橋になっていた。周辺には俺たちが乗ってきたのと同じ船が何台も並んでいる。そして桟橋はそのままジャングルの奥までずっと続いていた。ということはこの先には人が住んでいるということか。
 桟橋の周りは木の枝や葉っぱが密集しており、下にも草が沢山生えていて、板の間からちょこちょことはみ出していた。
 桟橋の最後は、四段ほどの小さい階段になっていて、そこを降りると道が開けた場所に出て、下は乾いた土になった。その道は、京都嵐山の竹林のように、真っ直ぐ道が続いて、両サイドに木々が立ち並んでいる。ただ嵐山のような幻想的な感じはない。ばらばらの種類の木が無造作に並んでいるだけだったし、足元もそこまで綺麗に整備されているわけではない。幻想的と言うよりむしろ、禍々しささえ感じられた。例えると、ボス戦の前のような雰囲気だ。

「なんかここすげぇっすね……」

 高橋が呟いたが、上司の男は無視してただ前を見て歩いていた。
 五百メートルほど歩いていると、奥になにやら建物が見えてきた。木造で、屋根は藁でできている。正面の入り口は、上が三角で、それを両サイドの丸い木が支えていた。運動会の時にあるような、来賓用の白いテントを横から見た感じだ。その入り口の上部には板が掛けられ、そこにチョークで書いたような文字で「WELCOM」とあった。
 俺は遊園地のアトラクションの入り口を思い出した。水に濡れるようなアトラクションの入り口は、大体こんな雰囲気の所が多いと思う。まさにジャングル的な建物だった。
 その建物の周囲に木々はなく、空一面開けた場所になっている。
 玄関を潜る前で俺たちを案内した現地の男は立ち止まって、通訳の男に何か言った。

「彼はここまでらしいです」

「おう」

 闇金の男が返事をして、現地の男は来た道を戻った。

「じゃあ行くぞ」

 そう言って闇金の男は中に入った。
 ここは一体なんだ?
 入り口を入ってすぐ左側には丸い机が並んでいるテラスのようで、右側にはカウンターがあり、カウンターの上には手書きのメニューがあった。観光客が来るためのカフェのようにも見える。
 今は昼間なので中は電気がついていおらず、入り口やテラスから差し込む光だけで全体的に暗かった。
 人はいない。
 そのまま奥へ進むと、関係者入り口のような通路があり、その奥には驚くことに、映画館のような重そうな両開きの扉があった。その扉の上には、よく雑貨屋などに売っていそうな電飾の看板があり「Lucy's House」という文字がマゼンタに光っていた。
 闇金の男が扉の横にあるカメラ付きのインターホンを押す。
 しばらく待つと、インターホンから日本語で「少々お待ちください」と返事があった。

「いや、ちょっと待てよ!」 

 俺が言うと、三人全員がこっちを見た。

「ここはなんだよ。バナナ農園に行くんじゃねぇのかよ」

「ここはそのバナナ農園の園長が経営してるカフェ兼自宅だよ」

 闇金の男が冷たい目で小さく言った。
 俺の心臓がドクドクと鳴っている。何かがおかしい……。
 目の前の扉が、この場所に似つかわしくない金属質な音を立ててゆっくりと開いた。
 前に立っていたのは浅黒い肌をした屈強な男だった。身長は俺と変わらないが、漁師のような太い腕と指をしている。肌の色が黒いこと以外は日本人と変わらないが、なぜか一目見ただけでコミュニケーション不能で感情が伝わらない感じがした。それは彼が外国人だからなのか、それとも彼特有のものなのかわからない。

「ドウゾ」

 ドアマンがそう言うと、闇金の男はためらいなく中へ入り、手下の高橋も能天気にニヤついて入っていった。
 通訳の男と俺は顔を見合わせた。彼は明らかに不安そうな顔をしていたが、おそらく俺も同じ顔をしていただろう。

「早く来い!」

 闇金の男が初めて見せる表情で怒鳴った。
 俺は一瞬ビクっとしたが、その後すぐビックリさせられたことに腹が立った。

「クソが……」

 俺は先生に注意されて逆ギレしたガキのように、デカイ態度で中に入った。


*****

 都会的な扉とは対照的に、目の前に広がるのは木でできた橋のような道だった。屋外のような感じがしたが、それは天井が四五メートルほどもあり広いことからそう感じた。そして二メートルほどの藁でできた屋根が、横幅一メートルくらいの道の上に、伏見稲荷大社の鳥居ように、奥まで真っ直ぐ続いている。歓迎されている感じはした。
 橋の道は地面から高くなっていて、下は土が敷かれて大麻のような葉っぱが大量にあった。天井には暖色の電気がついていて、全体の雰囲気がまるで暖かい地域のホテルのようだ。旅行で来たとすれば、こんな綺麗な造りを見ると普通は安心するのだろうが、今はむしろ不安になった。想像と違いすぎて緊張しているのかもしれない。
 俺たち四人はドアマンに案内されるままに着いて行く。
 分かれ道になっていた。
 真っ直ぐ行くと、ハワイ辺りにありそうなホテルのロビーみたいな空間がある。木を編んだ椅子がいくつか並べてあって、奥にカウンターもあることから、おそらくバーだろう。カウンターにはボーイもいるし、席には二人の白人男性がいた。
 客だろうか。俺は観察するようにじっと見ていたが、ドアマンと闇金たちは立ち止まらずに左の道に進んだから、俺も諦めてそっちに進んだ。
 左側は壁しかなく、右側はそのまま外につながっている。半分室内、半分屋外で、俺は小学校の一階の廊下を思い出した。学校にもこういう造りの廊下があったからだ。
 外には大きいプールがあった。プールサイドには人がくつろげるように、ビーチチェアも置いてある。プールの周りはでっかい壁があって、外からは確実に入れないようになっていた。
 ここまでくると、完全にリゾートホテルだ。
 さらに前へ進むと、前はさっきと同じような重そうな扉があり、左はすぐに階段になっていて二階に上がれるようだった。
 ドアマンは左の階段には上がらずに、前方の扉に進んだ。

「ココデス」

 扉の前に立ったドアマンが、闇金の男に言った。それを聞いて闇金の男は手招きで俺を側に呼んだ。
 俺は緊張した。姉がこの扉の向こうにいるのだろうか。いるとすれば、姉はここで一体何をしているんだろう。嫌いな相手でも一応ガキの頃から知っている存在だ。その姉が自分の知らない世界に行ってしまったようで、妙な気持ち悪さがある。
 体から汗が出てきたが、これは暑さのせいではないらしい……。

「ドウゾ」

 ドアマンがそう言ってノブを掴み、重心を後ろにするように体を引いて重いドアを開けた。
 俺の目に映ったのは、さらに想像とはかけ離れたものだった。
 部屋は暗くて広い。ドラマで見るような高級レストランみたいだ。内装はキャバクラのように低い椅子や机が間隔をあけて並んでいて、客と思しき男たちが沢山居て談笑していた。
 さらに部屋中ナイトクラブのような音楽が鳴り響き、目に悪そうなカラフルなライトがチカチカと光っている。
 俺が驚いて立ち止まっていると、闇金の男に背中を押されて、よろけながら中へ入った。その俺に続いてドアマンを含む四人が中に入り、扉を閉めた。外へ抜けていた音が扉を閉めたことで部屋の中へ篭り、重低音が内臓を振動させた。
 少し冷静になって辺りを見回すと、驚いてまた体が固まってしまった。
 壁は一面ガラス張りで、そのガラスの向こう側に、何人もの若い男達が裸でいた。男達はライトで照らされ、幻想的な雰囲気を纏っている。端で膝を抱えて座っている者や、ガラスにへばりついて客を覗く者など様々だ。

「なんだよあれ。まるでオランダの風俗じゃねぇか」

「ゲイ専門の風俗だよ」

「ゲイ専門って……あいつらは客かよ」

 椅子に座っている男たちを指差して闇金の男に聞くと、彼は黙って頷いた。
 客はどいつもこいつも金持ちそうな見た目だった。
 俺は、昼間っからこんな所でなにしてんだよという感じで、緊張をかき消すようにわざと見下して鼻で笑った。

「いいから行くぞ」

 そう言って闇金の男とドアマンは奥に進んでいった。俺と通訳の男と高橋の三人は、ガラスの向こうにいる男娼を気にしながら、小走りでついて行く。
 関係者入り口の前へ行った時、うなじの部分に激痛が走った。うなじの皮膚の表面に鋭い痛みがあり、中から強い静電気のようなものが全身を駆け巡った。力が抜け、地面に四つん這いになった。その間おそらく三秒にも満たないだろうが、頭が真っ白になって地面を見つめていると、突然目の前が真っ暗になった。何か布を被せられたんだ。
 糞ッ。何しやがる……!
 俺は抵抗しようとしたが、複数の人間に抑えられて、もうどうしようもなかった。


To be continued
 

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