愚かなる独白

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愚かなる独白

ろくでなしの雑記

短編小説『52枚のトランプと暴力のアビリティ』

自作小説

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52枚のトランプと暴力のアビリティ

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 カードが配られた。ヨシトの手札は弱かったが、表情には一切出さない。
 暖色の輝きを放つシャンデリアの下で、ディーラーを含む男三人がテーブルを挟み三角形に向かい合っている。
 三十畳ほどの広々とした部屋に、高級感溢れるカジノテーブルが並んでいた。ポーカー、ブラックジャックバカラ、ルーレット。都内の高級マンションの一室の、立派なカジノだった。
 今行っているのはポーカーのテキサスホールデムというルール。日本での知名度はまだまだだが、海外では世界大会が開かれるほどのメジャーなゲームだ。
 まずプレーヤーに手札が二枚ずつ配られ、テーブルの中央にはそれぞれのプレーヤーの共通カードが最大で五枚出される。プレーヤーは自分の手札と共通カードを組み合わせて、役を作っていくのだ。
 賭け方は手札が配られた時点で乗るか降りるか決める。次に共通カードが一気に三枚オープンされるからそれを見てまた乗るか降りるか決める。次にもう一枚共通カードが出されて乗るか降りるか決めて、最後に一枚出されてからもう一度乗るか降りるか決める。全部で四回、途中で降りるチャンスがあるということだ。
 前半の時点でヨシトは堅いプレーヤーとしてプレーしていた。ブラフは一切しない、ギャンブルはしないということだ。目の前に座る欲深そうな小太りの中年は、そんなヨシトのゲーム運びを見て「テメェは女かよ」と愚痴をこぼしていた。ブラフをしないというのは女に多い傾向である。つまり今勝負している相手には、ヨシトはそういうプレーヤーとして映っていた。そして更に、相手はこのゲーム中に二回、迷った挙句にショーダウン(※互いの手札を見せること)までいってヨシトに負けている。だからヨシトが自信満々にベットした時は本当に強い役があると思って警戒するはずだった。
 ヨシトは全額賭けた。
 後ろにいるヨシトの仲間二人は嬉しそうに声を上げた。ポーカーでは誰かが全額賭けると盛り上がる。
 男は眉間に皺を寄せ、下唇を舐めた。考えているのだ。
 奴は絶対に降りる。ヨシトには自信があった。

「またショーダウンまでいってみるか?」

 相手に過去二回の失敗を思い起こさせるように言った。

「よし」

 男はヨシトの言葉を無視して一人納得したように頷いた。思っていたより動揺や怒りの感情がない。むしろスッキリして見える。

「コールだ」

 相手は勝負に乗ってきた。
 まずい。
 ヨシトの手札はハートの7ハートのK。後がないならまだわかるが、相手より勝っているこの状況でいきなりオールインするような手ではない。
 ディーラーが手札を見せろと言い、二人は同時にオープンした。
 相手の手札はスペードのAダイヤのAだった。ヨシトは思わず舌打ちをする。だがすぐに気持ちを切り替えた。まだ終わったわけではない。

「はは。残念だったな」 

 男はヨシトの手を見て下品に笑った。
 ディーラーが共通カードを三枚出す。場に出たのは977だった。男の顔からは、まるで演技でもしてたかのようにスッと笑顔が消える。

「残念だったな」

 ヨシトは言った。
 結局四枚目五枚目の共通カードにAはでなかった。つまりヨシトの役は7のスリーカードで、相手の役はAのツーペア
 ヨシトはテーブルの中央に散らばっているチップを無造作に自分の方へ寄せた。全部合わせると数十万円になる。相手のチップはゼロ。ヨシトの勝ちだった。男は頭を抱えてうなだれた。
 ヨシトは自分の背後に立っている仲間二人にチップを適当に渡す。二人はヘラヘラと笑った。ただヨシトについているだけで数万円も貰えるのだ。こんな楽な仕事はない。
 坊主頭の方がケンちゃんで、短く刈り上げた髪を金に脱色しているのがユウちゃんだ。二人ともラグビー選手のように図体がでかい。彼らはボディーガードとしてヨシトが連れてきてたのだ。
 彼らは地元では喧嘩が強いことで有名だった。実際、ヨシトは彼らが負けるどころか、危うくなったところさえ見たことがなかった。
 ここはいわゆる闇カジノ。ヨシトはここに通い始めて半年ほど経つ。用心深いヨシトはいざという時の為に常に彼らをそばに置いていた。もし仮にヤクザのような相手がヨシトに負けて襲ってきたとしても、ケンちゃんとユウちゃんには勝てない。いくら背後に組織があろうと、その場その瞬間での腕力に負けていれば手出しはできないだろうという考えだった。

「じゃ、飯でも食いに行こうぜ」

 三人でマンションから出て一階に降りると、さっきの男に呼び止められた。彼はナイフを持っている。

「なんだあれ」
 
 ユウちゃんが笑った。

「返せ……金返せよ!」

 男が叫ぶ。漫画みたいな奴だな、とヨシトは呆れ返った。

「やっちゃっていい?」

 ケンちゃんが聞いてきたのでヨシトは頷いて許可を出した。その瞬間ケンちゃんは全速力で走っていき、小太りの男を軽々抱きかかえたかと思うと、コンクリートの地面に激しく叩きつけた。ボウリングの球を落としたような鈍い音と、吹っ飛んだナイフの金属音が夜の街に響く。
 しまった。ほどほどに、という言葉をつけ忘れた。
 ケンちゃんはもう一度、ぐったりした男を抱え上げ、グルグルと振り回している。
 ユウちゃんに「止めてきて」と目線で合図をした。
 ケンちゃんが死体のように無抵抗な男を振り回して壁に頭を打ちつけようとすると、ユウちゃんがその頭を両手で掴んで壁にぶつからないようにした。が、その時に首がぐにゃりと曲がったのをヨシトは見た。
 大丈夫か……。
 ケンちゃんはおもちゃに飽きた子供のように男を放る。

「そいつ死んだんじゃないか?」

 ヨシトは聞いたが、二人は、まあ大丈夫だろととぼけた顔をしていた。
 彼らの危機管理能力の無さに辟易する。
 倒れた男の生死を確認すると、小さい声で唸っていたのでヨシトは安心した。

*****

 後日、いつものように行きつけの闇カジノへ行った。場所は都内の高級マンションだ。一般人が住む隣の部屋で、常日頃ギャンブルが行われているのだ。
 このカジノは会員制であり、知り合いの紹介でしか入れない。ヨシトはAV女優である恋人に紹介してもらって出入りできるようになった。オーナーは有名起業家の息子だと聞いたことがあるが、真相はわからない。
 インターホンを押すと一般的な大学生のようなドアマンが出迎えてくれる。奥に進んでリンビングのドアを開けると、住宅とカジノが混ざった異質な空間が広がっていて、ピカピカのフローリングの上にはカジノテーブルが置かれていた。
 今はディーラーが一人で、客はヨシトたちを除いて二人だった。どうやらブラックジャックをしているようだ。
 いつもと違う。自分たち以外の二人とも見慣れない男だからだ。ブラックジャックをしている男はまだ二十代前半くらいの若者だ。ヨシトが名前を聞くと、男は自分で「ミント君」と言った。
 ミント君……。ずいぶんと胡散臭い男だった。
 純白のジャケットに水色のシャツ、そして薄ピンクのスラックス。ガリガリに痩せ細った退廃的な体にはとても似合っていない。まるで衣装を着せられているようだった。
 もう一人の男は、ミント君の後ろに立っていることからおそらくボディーガードだろう。身長は百八十センチくらいで、ケンちゃんユウちゃんより小さいが、体は重量挙げの選手かと思うほど筋肉質だった。スーツを着ているが、窮屈そうに見える。
 ヨシトがミント君にポーカーをしないかと持ちかけると、彼は白い歯を見せて頷いた。
 二人はポーカー用のテーブルに移動した。
 
「僕、ポーカーあんまり強くないんだよね」

 ミント君は自分の手札を見ながら言った。
 本人の言う通り、三十分ほどゲームを続けてみたが、素人のプレーそのものだった。チップの賭け方も無茶だし、明らかに弱い手であるのにショーダウンまでいこうとする。
 ポーカーの弱い人は自制心がない。自分がスリーカードなどの強い役を作った場合、相手がストレートやフラッシュなどのそれ以上強い役を持っている可能性が大きくても降りれないのだ。そしてその時に「とりあえず今回は最後までいって、相手の手を見てみよう。癖を見抜けるかもしれないし」と、自分の行動を無理やり正当化してしまう。だがそれは負けの思考にどっぷりとはまっている証拠なのだ。
 一時間ほど続けていると、ヨシトは薄い違和感を感じ取った。どうも相手に強い役がくる回数が多いような気がしたのだ。
 そのままヨシトは負ける回数が多くなっていき、チップをじりじりと減らしていった。
 もちろんポーカーは何時間かのプレーだけでは格下の相手に負けることもある。それが何週間、何ヶ月と続くと必ず勝ち越すが。だが、今日相手にしているミント君は格下どころではなく、一応ルールを知っている程度のプレーヤーだ。それに同じ数字が四枚揃うフォーカードが一時間の内に三回も出ている。これはさすがにイカサマを疑うべきだった。
 相手がイカサマをやっているかどうかはわからないが、ヨシトの中ではもう確信していた。ヨシトは負けず嫌いであり、こんな馬鹿げた相手に負けることが許せない、俺が負けるはずがない、と考えていた。だから相手はイカサマをしているに違いないと思い込んだのだ。
 だが、ヨシトはポーカーの知識はあってもイカサマの知識は皆無に等しい。もちろんイカサマをやられたことも初めてだった。おそらくディーラーと手を組んでやっているのだろうということはわかったが、どうやっているのかわからない。当然、見抜くことなど不可能だった。
 結局ヨシトは数十万を失った。

「やったラッキー。たまたま勝っちゃったぜ」

 ミント君は子供のように無邪気に喜んだ。
 ヨシトは彼の「たまたま」という言葉に引っかかっていた。わざわざ「たまたま勝った」などと言う必要があるだろうか。自分がイカサマをしていたという負い目があるから「たまたま」という言葉を無意識にでも使ったのではないだろうか。
 ヨシトはその場では何も言わず、不機嫌そうに出て行った。

「珍しいな。負けて不機嫌になるなんて」

 坊主頭のケンちゃんが言った。

「別に不機嫌じゃない。それにあいつはたぶんイカサマをしていた」

「え? それやばくない? やっちゃう?」

 ユウちゃんが軽い口調で言った。

「ああ……そうだな。金は返してもらおうか。あいつには世の中の厳しさを教えてやらないと」

 ケンちゃんとユウちゃんが奇声をあげた。テストステロン過多だ。
 ポーカーというゲームは短期的には運任せで勝負が決まるが、長期的には実力差がはっきりとでるものだ。例えば、今場に出ているカードが何で、自分の手札が何か、ということがわかっていると、残りのカードが何か、ということまでわかる。そうするとその中で自分にとって一番いいカードがくる確率も大体計算できる。そして確率に見合った一番良いバランスで賭け金を決めていく。
 確率は回数を重ねると収束していくので、確率通りの行動をとっている者が勝つ回数も多くなる。だから長期的には実力差がでるのだ。
 更に、この状況の時は降りた方がいいとか、この状況の時は勝負してもいい、などのメソッドがある。それは負けた時に損を最小限にとどめることや、勝てる時に最大の利益を得る為に必要な理論だ。
 ただ人生と同じようにそう単純ではない。ポーカーには心理的な要素も大きく絡んでくるからだ。人間、負けが込んでいる時には損を取り返したくなって無茶な行動をとるし、勝っている時には失いたくないから大胆な行動ができなくなる。しかしそれは、勝てる時に小さく勝って、負ける時に大きく負けるといった、一番危険な落とし穴に嵌ってしまう原因なのだ。本来はその逆でなければならない。
 そしてさらに、確率や合理的な考えが干渉できないものもある。それがブラフだ。だから相手の癖を見抜く、といった要素も非常に重要であり、ヨシトは普段から人を見るようにしていた。
 その上で、ヨシトはミント君を大した奴ではないと考えていた。
 まず、まだ若いのに手下を従えているのは不自然であるし、服装も裏社会の人間には見えない。そしてイカサマをするということはデメリットが大きい。もしばれて噂が広まると他のカジノにすら出入りできなくなるからだ。もしヤクザであればその程度のことには頭が回るだろうから彼はヤクザではないだろう。
 そしてディーラーと手を組むということはディーラーに金を払っているということ。つまり金持ちである。だがあの年齢で金を持っていてしかも会員制の闇カジノに出入りできるということは著名人の息子などの可能性が高い。
 仮に彼を著名人の息子、金持ちのぼんぼんとして考えた場合。子供の頃からちやほやされて、欲しいものはなんでも手に入れてきたはず。だからプライドも高いし負けず嫌い。それでいて世間知らずだ。そんな奴なら金に物を言わせてイカサマをしても不思議ではない。
 そして次に大事なのが後ろにいたボディーガードだ。確かに彼は筋肉量も凄くて強そうではあるが、明らかに筋肉のつけすぎである。ボディービルダーのようなガチガチの筋肉は、物を持ち上げるなどの直線的な運動には向いているが、格闘のような複雑な動きに向いていない。つまり格闘においてあれは見せかけの筋肉だと言える。あれでは、戦うための筋肉をつけたケンちゃんユウちゃんには勝てないだろう。ボディーガードに体の大きいだけの素人をつけるというのはよくあることだ。
 以上のことから、ミント君は金持ちのぼんぼんで、ボディーガードは見せかけの人形という結論に達した。
 ヨシトたちはマンションの下で彼らが降りてくるのを待った。

*****

 ロビーから二人出てきた。ミント君とそのボディーガードだ。
 ヨシトは早速彼らを怒鳴りつけて呼び止めた。
 驚いたように振り返る二人。ボディーガードはヨシトの顔を見ると真顔に戻り、ミント君は「久しぶり」と言った。
 何が久しぶりだ。今会ったばかりだろう。
 ヨシトは彼らに話があると言い、近くの公園まで連れて行った。
 広い公園にはゲートボール場と遊具のある場所で分かれており、ヨシトたちは長年誰も使っていないようなゲートボール場で向かい合って立った。
 今は夕方の五時である。遊具の方からは小学生の声が響いていた。

「お前、さっきイカサマしてたろ」

 ヨシトは単刀直入に聞いた。
 ミント君はわざとらしく目を見開き、笑う。

「なんのことですかぁ? 証拠はあるんですか? 負け惜しみですか? 金ないんですか? 金、貸しましょうか?」

 半笑いでまくし立てるミント君。
 憎たらしい野郎だ。ヨシトは舌打ちをした。
 人は痛いところを突かれると急に喋り出す。彼はまさにそのように不自然だった。

「金貸すんじゃなくて、返してくれないかな。そしたら痛い目見なくて済むからさ。ほら」

 ヨシトはミント君の前に手を差し出した。

「それはかっこ悪いですよ。負けたからって」

「ディーラーと組んでイカサマしてたんだろ」

「証拠はないでしょう」

 確かにそうだ。証拠がなければただの言いがかりだった。だがヨシトにはそんなこと関係が無かった。結局はより強大な暴力を有している方が勝つということだ。

「ケンちゃん、ユウちゃん。あとよろしく」

 ヨシトはそう言って後ろに下がった。
 状況を察したミント君のボディーガードが前に出る。
 ケンちゃんとユウちゃんはじゃんけんをしていた。どちらがやるか決めているようだ。

「よっしゃあああ!」

 じゃんけんは金髪のユウちゃんが勝利した。
 ユウちゃんは前に出て、ボディーガードと対面する。
 いきなりボディーガードが右ストレートを放った。だがユウちゃんは左に頭を振って躱す。そのまま相手の懐に入り込み、胴体をがっちり掴んだ。そして自分が後ろに倒れるように体重をかけて、バランスを崩した相手に足を引っ掛けながら、地面に着く前に体を回転させて相手を下にした。レスリングの技のようだった。
 ユウちゃんはすぐさま相手から離れると、下に落ちていた拳大の石を拾い、急いで立とうとするボディーガードの額に打ち付けた。
 人間の頭は以外と硬いようで、ユウちゃんの振り被る激しい動きとは対照的に、こもるような地味な音が鳴った。だがダメージは大きかったようだ。ボディーガードは叫び声を上げて額を押さえながら仰向けに倒れた。
 ユウちゃんは二歩ほど下がる。

「立てよ」

 ボディーガードは歯を食いしばりながら立つ。額を押さえる指の間からは赤い筋が何本も這っていた。
 目に血が入っていて前が見えないのだろう。ユウちゃんに一方的に殴られていた。
 ボディーガードはがむしゃらに突進したが、ユウちゃんはそれに合わせて相手の顎に膝を打ち込む。その瞬間、ボディーガードは糸が切れた人形のようにぐしゃりと地面に横たわった。
 完全に失神している。
 ヨシトは彼らの戦いに集中していたが、ふとミント君を見ると、ケンちゃんがミント君に馬乗りになっていた。
 ヨシトが駆け寄ると、ミント君は鼻血を出し、ケンちゃんに札束を渡していた。百万円ほどあるかもしれない。

「ちょっと待てケンちゃん。貰うのはさっき俺が取られた金だけだ」

「なんでだよ。せっかくだからこいつの持ち金全部いただこうぜ」

「馬鹿。それをすると恐喝だろうが。俺が言ってるのはあくまで、さっきのゲームはイカサマだから無効な、ということだ」

 ケンちゃんはしょんぼりしてミント君の上から立った。
 ミント君を見ると、彼は相変わらず笑みを浮かべていた。ヨシトはその不気味な表情を見てなぜか不安な気分になった。
 振り返ると、今度はユウちゃんが失神したボディーガードに馬乗りになっていた。

「おいおいおい、ちょっと待てやり過ぎだ」

 なんとかユウちゃんを止め、ヨシトたちはその場からそそくさと退散した。
 日が沈んで暗くなった道を歩いて駅まで向かい、三人は切符を買って電車に乗り込んだ。
 ほとんど誰もいない車内でヨシトたちは間隔をあけて座る。

「なあなあヨシト、なんでさっきあいつの金取らなかったんだよ。せっかくだから貰っとけばよかったのに。だってあいつがイカサマするから悪いんだしさ」

 ユウちゃんが純粋そうな瞳を向けて聞く。

「面倒に巻き込まれないようにだよ」

「どういうことだよ」

「どういうことって……。常識的に考えて、相手の金まで取ったらそれは犯罪だろ。まあ闇カジノに出入りしといて犯罪を気にするのはおかしいけど。それでも訴えられると面倒くさいし、もし俺があいつの金まで取ったら仕返しにくるかもしれない。でも取り返すのが自分の金だけだったら、向こうからすればプラマイゼロだから仕返しをするという発想にもなりにくい」

「でもよ、俺だったら仕返しするぜ。自分がイカサマしたとかしてないとか関係ねぇよ。殴られたことに対する仕返しだよ」

 ケンちゃんが言った。

「ミント君を殴ったのはお前だろうが」

 なぜかケンちゃんは笑った。

「というかさ、ヨシトは犯罪を気にしてるけどさ、そもそもイカサマしてたって証拠はないんだろ? なのにボコっちゃってよかったのか?」

 ユウちゃんが言う。

「わかってねえな。イカサマしてようがしてなかろうが喧嘩に負けたら奪われるんだよ。でも、だからと言って過剰に暴力を行使したり、金を全部奪うようなことをすると怒り狂って反撃してくる恐れがある。だから俺の場合はあくまで自分の金を取り返すしかしなかった。つまりだな、自分の望みを叶えつつ、一応リスク回避もしてるってことだ」

 ヨシトには持論があった。ギャンブルは、対戦相手同士が同じレベルの暴力を持っていないと成立しないということだ。
 例えば一方がギャンブルで勝利したとしてももう一方が暴力で勝っていたら、ギャンブルでの勝利に意味はない。これが公営のギャンブルなら、さらに強大な暴力である法律が盾になってくれる。しかしヨシトたちが行っているのは非合法のギャンブル。その世界では自分の身は自分で守るしかないのだ。その意味で言うと、前にケンちゃんに痛めつけられた中年男の発想は間違っていなかった。ギャンブルに負けてもその後喧嘩で勝てばいいのだから。
 これはギャンブルだけに限らずなんでもそうだ。結局は暴力が世の中を支配している。国家は軍という暴力を持っているし、警察だって暴力だ。我々国民は国家の暴力に勝てないから法律に従っているだけにすぎない。もし個人で国家を壊滅できるほどの暴力を持っていたら法律には従わない。当たり前だ。自分より弱い者が決めたルールに従う必要性なんてないからだ。
 つまり、世の中では暴力が悪だとされているが、結局世の中は暴力で溢れており、みんなが安心して暮らしていけるように秩序を保っているのも暴力によってだ。つまり端的に言ってしまえば強いものが正義なのだ。だから例えどういう理由であろうと、暴力によって勝利してしまえばそれが正義なのだ。
 それを彼は知らなかったのだろう、とヨシトは笑った。そんな単純な常識をわかっていればイカサマなんて真似はしないはずだ。つくづく馬鹿な奴だ。甘い世界で生きてきたような金持ちのぼんぼんには、勝負の世界は向いていない。


「なにニヤニヤしてんだよ」

 ケンちゃんに言われてヨシトは初めて自分が笑っていたことに気づいた。

*****

 ヨシトは部屋の掃除を済ませてからカジノに行こうと思い、ケンちゃんに連絡した。だがケンちゃんは電話をしても出なかった。
 次にユウちゃんに電話をすると、ユウちゃんはいつもと同じようにすぐに出る。

「もしもし。カジノ行こう」

「オッケー」

「あ、ちょっと待って。ケンちゃんに電話したけど出ないだよ。なんか知らない」

「いや知らない。寝てるんじゃね?」

 今は昼の一時だ。ケンちゃんはいつも早起きで、朝の六時にランニングをするのが日課だ。その後シャワーを浴びて朝食を済ませてから、ヨシトから連絡があるまで漫画喫茶でくつろいでいるはずだった。

「まあいいや、とりあえず集合な」

「わかった」

 ヨシトとユウちゃんは、ケンちゃんの家の近くで待ち合わせした。
 二人でケンちゃんの家に向かう。
 ケンちゃんの家は風呂もないような安いアパートだ。外壁は灰にまみれたような色をしており、所々剥げている。二階の窓ガラスは割れている箇所もあり、応急処置としてダンボールを貼り付けてあった。この辺りの建物と比べても、このアパートだけ異質で、まるで火事にでもあったんじゃないかと思うほどすすけていた。近所の子供たちに心霊スポットだと教えれば流行りそうだ。
 共同玄関に入ると住人の靴が並んである。床が汚いので二人は土足で上がり込んだ。昼間だというのに真っ暗で、一階の床なのに歩くとミシミシと音をたてた。
 ケンちゃんの部屋の前まで行き、ノックした。だがなんの反応もなかった。

「やっぱいないのかな」

「漫画喫茶にいるのかもしれない」

「ドアぶち破ってみようか?」

「やめとけよ」

 隣の部屋のドアが開いた。中から顔を出したのは、大根の千切りのような毛髪をぶら下げた老婆だった。
 
「うるさいねぇ。お隣さんはいないよ」

 老婆は死にかけのような見た目のわりに意外とはきはき喋った。

「いつから?」

「今朝出ていった」

「どこに行ったかわかる?」

「わかるわけないだろ」

 老婆はなぜか不機嫌そうにドアを閉めた。勢いよく閉めたことで壁が揺れ、埃が宙に舞った。
 ケンちゃんは豪快な言動とは裏腹にインドア派だった。休みの日は家にいてDVDを観るか漫画喫茶にいるかだ。そんなケンちゃんが朝からいなくなるということは、事件に巻き込まれたか事故にあった。もしくは何者かにさらわれた可能性がある。ケンちゃんとユウちゃんは、昔から地元で喧嘩ばかり繰り返してきたから敵も多い。どこかで殺されている可能性だって十分にあった。
 ヨシトはもう一度電話をしてみたが、やはり出なかった。

*****

 次の日、ケンちゃんが心配なのでもう一度捜索をしてみようと思い、ユウちゃんに電話をした。だが今度はユウちゃんも電話に出なかった。二度三度と電話をしても出なかった。
 いよいよ本格的にまずい状況かもしれない。
 ヨシトは、過去に彼らが恨みを買っている人物はいないか思い出そうと記憶を辿った。思い当たるのは一人だけだ。
 山吹悟。彼は世代的には三つ上だが、中学時代、すでに名を馳せていたケンちゃんとユウちゃんが気に入らないということで複数人でリンチしたことがある。だがその後、ケンちゃんとユウちゃんによって一人ずつ病院送りにされ、最終的に山吹の実家が燃えて、家にいた弟と母親が死んだ。結局犯人は見つからなかったが、状況から考えてあれはケンちゃんとユウちゃんの仕業だろう。自業自得とはいえ、相当恨んでいるはずだ。確か現在はヤクザになっていると聞いたが、実際のところはどうかわからない。
 だが、山吹のようなチンピラがヤクザになったとしてもせいぜい使い捨てになるだけのような気がする。そんな立場の男が勝手な真似ができるだろうか。山吹がケンちゃんとユウちゃんを殺せば、組に迷惑がかかる。そんなことを親分が許すだろうか。ヨシトは自分だったら絶対に許さないと思った。
 とりあえずユウちゃんの家に行ってみようと思い、支度してから玄関のドアを開けた。ケンちゃんの家のドアと呼ぶには頼りない物と違い、しっかりとした重いドアだった。ヨシトは綺麗なマンションの十一階の部屋に住んでいた。
 空は晴れ渡り、絶好のお出掛け日和だが、なぜか不穏な空気感が漂っていた。神経質な性格であるヨシトの気のせいかもしれないが、辺りが静か過ぎるのだ。今日は平日の午前中だから静かなのは当たり前ではあるが、嫌な感じは拭い去れなかった。
 マンションの階段を降りる。運動不足にならないようにいつも階段を使っていた。
 一階につきそうになってから、ヨシトは思い直して引き返した。
 このことはもう警察に任せた方が良い。自分が捜索して発見したところで何もできない。自分は家でゆっくりしよう。
 ヨシトは自分に言い聞かせて、一段飛ばしで階段を駆け上がった。
 子どもの頃、夜に墓場の前を通るのが怖くて、そこだけ走っていたことを思い出した。だがこんな時、走り出すと急に背後が恐ろしくなるのだ。自分が怯えていると自分で意識することで余計に怖くなるのだ。
 足元を見ながら階段を駆け上がっていると、前に人の気配がした。心臓が跳ね上がる。上を向くと、ただの住人だった。
 ヨシトは体がビクッとしたのを少し恥ずかしいと思いながら住人を避けて駆け上がった。
 また上から人の気配がした。今度は早めに察知し、ぶつからないように右に寄る。
 下を向いたまま階段を上がっていると、急に腹部に衝撃が走り、バランスを崩してそのまま階段を転げ落ちた。前から来た人に蹴られたのだ。
 誰だ!?
 ヨシトは相手の顔を見たが、全くの初対面の相手だった。

「一緒に来い」

 チンピラのような男が言った。

*****

 連れてこられた場所は、体育館のようにだだっ広い二階建ての倉庫だった。一階には茶色い皮のソファーが黒いこたつ机を挟むようにして置いてある。それ以外はほとんど何もなかった。
 血だらけのケンちゃんとユウちゃんが学校の椅子に縛られていた。多分死んでいるわけではないだろう。今は寝ているだけだ。周りには男たちが十人以上立っている。ケンちゃんとユウちゃんは彼らにリンチされたのだ。
 ヨシトが突っ立っていると、突然骨の渇いた音が鳴り、視界がぐるりと回転して、地面が起き上がってきたかと思うと、ヨシトに衝突した。それからじんわりと頬の内側から痛みがきた。
 ヨシトは倒れていた。顔を殴られたのだ。
 笑い声が聞こえる。聞き覚えのある声だった。
 声のする方を見ると、ミント君が二階から降りてきていた。上下黒のスーツに黒のシャツだ。相変わらず趣味が悪い。
 
「おはようございます」

 ミント君はヨシトを見て元気良く挨拶した。

「この前のお返しなのだ」

「お返しって、お前がイカサマするからだろ!」

「イカサマしたからって殴られる義務なんてないもん」

「やっぱりしてたのかよ……」

「当たり前じゃん! だって僕、あそこのオーナーだよ」

 ヨシトは驚いて、あんぐりと口を開けた。
 オーナーだったのか……。なぜオーナーが自分の店でイカサマをするんだ。一切のメリットがないじゃないか。現にそれがきっかけでこんな面倒なことになっているわけだし。
 ヨシトは相手の思考を考えたが、まるで理解不能であった。
 
「イカサマをするメリットがあるのか」

「メリット? シャンプーの話?」

「ふざけるなよ。ちゃんと答えろ。なんでイカサマしたんだよ」

「ふざけてないよ! イカサマしないと勝てないからだよ! 勝てないからだよ!」

 駄目だ。こいつは完全に頭がおかしい。頭のおかしい人間の思考を合理的に考えようとしても意味がなかった。
 そんなことより、この状況を打破することを考えなくてはいけない。ミント君の目的は殴られたことへの仕返しで、殴った張本人であるケンちゃんにはもう十分に仕返しが完了している。ということは、あとは謝罪して前に取り返した分の金を払えば解放してもらえるかもしれない。
 
「ミント君。金を払うからさ、そっちの二人を返してもらえないかな」 

「僕にポーカーで勝負して勝ったらね」

 ミント君は自信満々に胸を張った。
 ヨシトは心の中でガッツポーズをした。ミント君はポーカーの素人だ。イカサマされない限り絶対に勝てる。
 ヨシトとミント君はソファーに向かい合わせに座った。

「イカサマはできないように、カードを机の上に置いて、ディーラーは右手以外使わないってルールでどうだ?」

 今のゲームは周りにいるチンピラの一人がディーラーをするから、イカサマをするようなテクニックはないだろうが、こういう制限を設ければ、互いに集中して勝負ができる。

「いいよ」

 さっきイカサマをしないと勝てないと言っていたくせに、承諾したのはなぜだ。
 ヨシトは考えるのを止めた。やはりこいつは頭がおかしい。考えるだけ無駄だ。
 悪そうな男たちに囲まれながらのポーカーが始まった。

*****

 ヨシトは緊迫した雰囲気の中控えめにプレーをしていた。命がかかった状況というわけではないが、知らない男たちに囲まれているというのもあって、緊張が一向におさまらなかった。
 ポーカーのルールもわからなそうな慣れない手つきでディーラーがカードを配る。
 ヨシトの手札はスペードの7ハートの2だった。弱い。大人数でやっている場合なら間違い無く降りる手だ。しかし今はポジション的にも有利。相手の出方で光明も見える。
 ポーカーではプレーするときに決まった額強制ベットさせられる。ボタン(BTN)という軸になるポジションがあり、その左隣のスモールブラインド(SB)と、さらにその左隣のビッグブラインド(BB)というポジションの二人がゲームが始まる前に強制的にチップを奪われるのだ。ちなみにビッグブラインドはスモールブラインドの二倍の額を払わなければならない。そして最初のアクションはビッグブラインドの左隣の人から始める。そういったルールにしないと良い手がくるまで永遠に降り続けることができてしまうからだ。
 一見嫌なポジションに思うが、ビッグブラインドはみんなの動きを見てから自分の行動の選択ができるので有利なポジションでもある。
(参考画像↓)

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 そうしたポジションというのはゲームが始まる前、つまり初めのカードが配られる前に、時計回りにずれていく。ゲームが終わるまでポジションがぐるぐると回っていくのだ。
 二人でポーカーをする場合は毎回二人ともスモールブラインドかビッグブラインドの役割を担わされる。要は毎ゲームごとに二人ともが強制ベットするということだ。
 今はミント君がスモールブラインドで、ヨシトがビッグブラインドだった。だから初めからヨシトが多くベットしているということになる。それに対してミント君が参加したいのであれば、ミント君がコール(相手と同額を賭ける)なりレイズ(掛け金を釣り上げる)なりしなけらばならない。つまりヨシトが弱い手であっても、ミント君がコールしてくれれば降りずにゲームに参加できるということだ。
 ミント君はコールした。
 初めにコールするというのは実はあまり良いプレーではない。今だってもしミント君がレイズしていればヨシトはフォールド(降りる)していたかもしれないのに、コールしたことでヨシトに無料でチャンスを与えたことになるからだ。
 場に出た共通カードは、ハートのJ、ハートのA、ハートの6だった。

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 ヨシトにとってはわりと好都合である。ヨシトは今ハートの2を持っているから、残り二枚の共通カードの内、一枚でもハートが出ればフラッシュになる。
 ミント君はチェック(パス。賭けずにアクションを相手に回す)した。
 チェックしたということはどのカードもヒットしなかったのかもしれない。相手が自信満々に賭けてきたら降りようと思っていたが、チェックだったのでヨシトはベットした。
 それに対してミント君は少し間を置いてからレイズをしてきた。
 チェックしてからのレイズは相手のチップを引き出すための行為だ。何かしらヒットしている可能性が高い。AかJ。もしくはそのどちらともヒットしているツーペアの可能性もある。
 ミント君の表情を確認した。顎に手を置いて止まっている。顔をべたべたと触っていれば緊張や動揺を示すが、一部を触って静止している場合は考えている証拠だ。
 何を考えているんだ?
 もしミント君の手札がハート二枚で、この時点でフラッシュの場合、もう確実に勝ちだと言ってもいい。勝ちを確信しているときはいかに相手のチップを引き出すかを考えるはずで、そこまで深く思考する必要はない。なのにここまで考えているということは、ミント君はフラッシュではなく、まだ勝ちが確信できない役しかないということだ。それはAのワンペアか、AとJのツーペア。それでむしろヨシトの方がフラッシュなんじゃないかと思っているのかもしれない。
 これはいける。
 ヨシトはコールした。
 次の共通カードはクローバーの3だった。これはお互いにとって大した意味のないカードだ。
 ミント君はすぐさまチェックする。
 またチェックだ。さっきのチェックはチップを引き出すための行動というより、ヨシトにそう思わせて降りさせるための行動だったのだろう。だがヨシトは降りなかったからミント君は今、強く警戒しているはずだった。その流れで今のチェックは、単純に自信のなさの表れだ。
 ヨシトはそこに追い打ちをかけるようにベットした。このベットはブラフだ。ヨシトは自分の手をフラッシュに見せかけたのだ。これでミント君の心にはヨシト=フラッシュという構図が出来上がったはず。
 ミント君は迷った挙句、結局コールした。彼は素人だ。もしツーペアなのであれば降りることは難しいのだ。

「君はフラッシュかい?」

 ミント君が口を開いた。だがヨシトは無視する。
 ミント君、今のは悪手だ。今の台詞でヨシトの役をフラッシュかもしれないと疑っていることが発覚したし、逆に言えばミント君はフラッシュより弱い役、つまりAのワンペアか、AとJのツーペアだと自白したようなものだ。ヨシトの反応を見ようとしたのだろうが完全に失敗だった。
 もしこれでミント君自身がフラッシュであれば天才的だが、その可能性まで考えているときりがない。それに素人であるミント君がそんなプレーをできるとは思えないからこの可能性は消してもいいだろう。
 最後の共通カードがテーブルの中央に出される。ダイヤの3だった。
 今場に出ている五枚の共通カードは、ハートのJ、ハートのA、ハートの6、クローバーの3、ダイヤの3だ。

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 ヨシトはハートが来てくれと祈っていたがやはりそう上手くはいかない。だがそうだとしてもこれは好都合だ。ミント君にとって良いカードでないというだけでヨシトのブラフに強く作用する。
 ミント君はここでもチェックをした。
 やはり彼は素人だった。常にポーカーの勉強をしているヨシトからすれば、ミント君の思考や手の内はまるで透けて見えるようだった。
 ここぞとばかりにヨシトは言った。

「オールインだ」

 全額賭けたのだ。
 素人は相手の手がなんだったのかを見たくてなかなか降りられないが、さすがに全額賭けられるとその欲も少しは減少する。つまりここで相手の心を折りにいったのだ。
 大丈夫だ。ミント君は間違いなく降りる。
 ミント君から見ればヨシトの持っている役はもうフラッシュにしか見えないだろう。
 ミント君は悔しそうに顔をしかめながら手札を中央に放った。フォールドだ。
 
*****

 ヨシトはさっき大きく稼いでからチャンスがなかなかこなかった。だがじっと我慢して損を最小限に止めながら常にリードしたままゲームを進めていた。ポーカーは我慢のゲームでもある。不利な時は強く勝負には出ずに、チャンスがくるまで耐えて耐えて耐え続けるのだ。
 このままいけば勝てる。流れがこっちに来さえすれば……。
 次のヨシトの手札はハートのAダイヤのAだった。体にへばりついていた緊張が一気に弾け飛んだ気がした。眠気が覚めるような感覚だ。
 AAはテキサスホールデムでは一番強い手だ。たとえ負けるかもしれないという恐怖があってもこれだけ強い手がきた場合は大胆に賭けなければならない。でないとせっかく掴んだチャンスを逃すことになってしまう。
 ヨシトがスモールブラインド、ミント君がビッグブラインド。つまり先攻はヨシトだ。
 ヨシトはまずコールした。なるべく相手からチップを引き出したいので初めは敢えて控えめにいく。
 共通カード三枚が出された。スペードの6、スペードの2、ハートのJだ。
 今場に出ているカードではAAに勝てる役はおそらく揃わないだろう。つまりミント君の役にスリーカードはないだろうという予想で、ヨシトはまたチェックした。
 ミント君はベットした。
 一番初めは、普通はある程度強い手、たとえば絵札だったり、手札でワンペア揃っていたりでもない限りベットはしないものだが、ミント君はビッグブラインドで、一円も賭けずに参加できた。ということは本来であれば参加し得ない低い数字を持っている可能性もある。だから今場に出ている6と2のどちらかがヒットしたのかもしれない。
 ヨシトはレイズした。チェックレイズは明らかに相手からチップを引き出す行為なので普通相手は怯える。願わくばここで降りてくれないかということもあってヨシトはレイズしてみた。

「オールインなり!」

 驚くことに、ミント君はここで全額投入した。

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 ヨシトは思わず「え?」と声が出た。
 もしかすると本当にスリーカードなのかもしれない。
 だがもう一つ可能性がある。それは、さっきのヨシトと同じように、ミント君の手札二枚がスペードで、スペードのフラッシュ狙いなのかもしれないということだった。
 ヨシトはミント君の行動を頭の中で一から反芻した。
 ミント君はビッグブラインドで、ただでゲームに参加。次のターン、ヨシトがチェックすると彼はベットする。そしてヨシトがチップを上乗せすると、そのままミント君はオールイン。
 この行動を見る限り、もしミント君の手札が66や22やJJなどで、役がスリーカードでも辻褄は合っている。彼の動きがヨシトからチップを引き出そうとしての行動だと見ると、基本通りとも言えるほど辻褄が合うのだ。つまりスリーカードらしさが全面に出すぎている。しかし素人の行動としては、フラッシュ狙いで一か八かオールインした、というのもまた、辻褄が合う。
 ヨシトは考えた。
 ここで逃げていたら勝てるものも勝てない。

「コールだ」

「おっ、じゃあ手札オープンして」

 二人は手札を表にした。ミント君の手札はスペードのKスペードの8だった。やはりフラッシュ狙いだったようだ。
 ミント君はヨシトの手、AAを見て天を仰いだ。
 これで勝てば相手のチップはゼロになる。勝ちが目前に迫り心臓が爆音をあげる。ある意味心地いい刺激だった。
 共通カードがオープンされる。クローバーのK
 これでミント君がワンペアだ。あともう一枚Kがくるか、スペードがきたらヨシトの負けだ。
 共通カードはスペードの6、スペードの2、ハートのJ、クローバーのK。
 ヨシトの手札はハートのAダイヤのAでAのワンペア。
 ミント君の手札はスペードのKスペードの8でKのワンペア。
 よし。いける。いけるぞ。
 
「ああああああああ」

 ミント君は喉を鳴らすようなおかしな声をあげている。
 最後の共通カード。ディーラーが山札から捲ってオープンしたそれは、ハートの6だった。

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 よし!
 ヨシトは立ち上がって拳を握りしめた。ヨシトの勝利だった。
 ミント君は両手で顔を抑えて黙っている。
 ざまあみろ。俺の勝ちだ。お前なんかに俺が負けるはずがないんだ。
 ヨシトは自分に酔った。勝利の後のこの瞬間が最高の快感であった。

「あっちの二人は返してもらうからな」

 ヨシトは縛られたケンちゃんとユウちゃんを指差し、誰に言うでもなく言った。そしてケンちゃんとユウちゃんの元へ歩いていると、後ろから猿のような奇声がして、背中に軽く衝撃があった。

「いてぇな」

 振り返るとミント君が顔を真っ赤にして立っていた。彼に背中を蹴られたらしい。

「なんだよ!」

「帰さないから!」

「彼女かよ……約束は守れよ」

「彼らは僕が雇った兵士たちである。よーしお前らやれぇぇい!」

 ミント君が合図した途端、周りにいた男たちが突然ヨシトに向かって走りだす。
 まじかよ……。
 ヨシトは顔面を強打されその場に倒れる。上から腹や背中、顔などを蹴られた。
 誰かの蹴りが左目に入り、激痛が走る。
 背中を蹴られると息が止まる。
 頭を蹴り上げられ、辺りがぼんやりと薄くなる。
 二の腕を蹴られると痺れて動かなくなる。
 それらが何度も何度も繰り返された。立とうとすると頭を蹴られ、脳震盪でその場に倒れ、また腹や背中を蹴られて息ができなくなる。もう抵抗しようがなかった。
 やばい……死ぬかも……。
 朦朧とする意識の中、聞きなれた怒鳴り声が聞こえた。

「なんだお前ら! おい、やめろ……」

 薄く目を開けると、相手側の男が二三人倒れていた。
 
「おい! 待てコラァ!」

 男たちの怒号がヨシトではなく出口の方へ飛んでいる。ヨシトがその方向を薄目で見ると、工場から走って逃げていくケンちゃんとユウちゃんの後ろ姿が見えた。
 彼らの背中を見ながらヨシトは思った。
 ああ。結局は自分が強くならないと意味ないのね……。
 今更気付いたヨシトは、その場で気を失った。


END