愚かなる独白

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ろくでなしの雑記

「キャラを演じる」とはどういうことなのか

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 タレントがテレビに出て何かをしていると、視聴者はよく「キャラだよ」とか「演技だよ」と言います。タレントだけに限らず、一般人もプライベートと仕事の時では何かを”演じる”ことはあると思います。では、その「キャラを演じる」とは一体どういうことなのでしょうか。本当にキャラを演じているのでしょうか。キャラとは一体なんなのかを考えていきたいと思います。

 

キャラクターとは

 キャラクターは、小説、漫画、映画、アニメ、コンピュータゲームなどのフィクションに登場する人物や動物など、あるいはそれら登場人物の性格や性質のことを指します。つまり、キャラクターという言葉は物語の登場人物という意味がありますが、この意味での「物語」を「小さな共同体(コミュニティ)」と読み替え、「コミュニティ内での個人の位置」という意味でキャラクターという言葉を使うような思考形式が生まれていったのだと考えられます。

 要は、人が本来の自分とは違う人物になりきるときに、「キャラクターを演じる」という表現を使います。意味としては「演技をする」というのに近いでしょう。

 

どういう時にキャラを演じるのか

 例えば仕事で関わる人の前で真面目なふりをしてみたり、恋人の前で相手に好かれる自分になりきってみたりします。タレントだったらプライベートの時の自分とメディアに出る時の自分では人格を切り替えていると思います。もっと言えば、自分一人でいる時以外は常に何かを演じているということになります。つまり、人はパブリック(公共)では常にキャラを演じているのです。

 

素の自分とはどんなものか

 人はパブリックでは常にキャラを演じていると書きました。では、「素の自分」「本当の自分」とは一体どこにあってどんなものなのでしょうか。普通に考えると、パブリックでキャラを演じるならプライベートでの自分が本当の自分だと発想するでしょう。でも本当にそうでしょうか? いくらキャラを演じていても、そのキャラ自体自分の中から出てきており、それを自分で演じているのであれば、それは自分であることには変わりません。本当の自分とは一体なんなのでしょうか……。

 

人間は隠している部分を本当の自分と思い込む

 一人の人間にもいろんな側面があります。裏と表です。心理学的に、人間は裏を本物と思う傾向があります。もう少しわかりやすく言うと、隠している部分を本物だと思います。だから自分自身でも、普段表に出していない部分が「本当の自分だ」と思い込むのです。

 そういう心理を利用した恋愛テクニックもあります。例えば、派手なメイクをした女は一般的には家庭的には見えません。そういう人に対して「いいお母さんになりそう」とか「こう見えて以外と優しそう」と言えば、相手は本当の自分をわかってくれたと思い込むのです。

 

キャラを演じるとは

 以上のことをまとめると、キャラを演じるとはなんなのか、本当の自分とはなんなのかがわかってきますよね。端的に言うと「人はキャラを演じているつもりになってるだけ」ということです。上にも少し書きましたが、人間にはいろんな側面があって、その全てが本当の自分なのです。

 たとえ演じていてもそれは自分が演じている時点で”自分”です。そもそもみんなが何故キャラを演じるのかというと、嫌われるのが怖いからです。嫌われるのが怖いと書くと語弊があるかもしれませんが、要は人に好かれたいのです。そしてそれは無意識で行われることです。無意識で行われるということは、本当の自分だということです。ただ単にプライベート用とパブリック用で分かれているだけで、どっちかが偽物というわけではありません。

 「自分の気持ちと違っていても、人が求めるキャラを演じてしまう」という意見もあると思います。しかし、よく考えてみるとそうとも言えないというのがわかります。「演じたくない」という気持ちと「演じたい」という気持ちがあって、「演じたい」という気持ちが勝ったから実際にキャラを演じてるわけであって、後から「演じたくなかった。それが本音だった」と言っても、それは通用しません。演じなければ嫌われる。それが怖いから演じてるのであれば、それもまた本音でしょう。

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「だからなんだよ」ってか?うるせーこのやろう。