愚かなる独白

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愚かなる独白

ろくでなしの雑記

ジョジョは過大評価なのか?

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引用元 https://matome.naver.jp/odai/2146449384499525201

僕はジョジョの原作を読んだのは3部と4部だけです。アニメは1、2、3、4全部見てます。確かにキャラクターはそれぞれ魅力的で、作者の発想やセンスはオリジナル感溢れていて大変面白い。しかし、漫画として上手くはない。というかむしろ下手であると思う。

ジョジョの魅力といえばキャラ同士のバトルですが、ジョジョのバトルは他の漫画と違って知略を巡らせて戦います。ファンの人はそこが面白いと言うのですが、ありえない展開ばかりで、正直ご都合主義にしか見えません。

「そんな攻撃が一発で成功するわけないだろ」と思うような微妙な戦略ばかりで、見てて「おお!頭いい!」みたいにはなりません。要はツッコミどころが多いってことですね。でもこれはファンの人もわかってることです。その上でみんなは楽しんでいるわけです。

僕も別に、ありえない展開があるのがいけないって言ってるわけではありません。フィクションとしての誇張はいいんです。でもそれを主人公が追い詰められた状況でやられると、納得感に欠けるのでカタルシスがあまりないんですよ。誇張をするにしても納得させるような演出が欲しいです。

例えば4部の鉄塔の敵を倒す時に、鉄骨から伝わるエネルギーを仗助が直して、それが敵に当たって勝つんですが、理屈がよくわかりません。それが出来るのであれば、敵のスタンドがパンチを打ってきたその運動エネルギーを敵の拳に直して敵の拳を潰すことだってできるのでは?まぁとにかく納得感がないというのはエンタメではあってはならないことでしょう。

だから敵を倒してもこっちのテンションが上がりきらずに、こっちが「まぁそういうもんなのね」と脳内補完して読み進めることになる。これはあきらかにクオリティが低いってことです。それでも面白く読める人にとっては大した問題ではないと思いますが、僕はダメですね。だからジョジョでも意外と真正面からの殴り合いとかの方が楽しかったりします。

あと次に問題だと思うのは、キャラクターがみんな揃いも揃って説明口調なところですね。これはあえてやってるけど、それでもやっぱりおかしいですよ。これ。ファンはこれがジョジョの魅力の一つと捉えるようですが、僕は説明口調ってのはイコール作者の力量不足であると考えます。

ジョジョに限らず、説明台詞を多用する人は、キャラクターの行動や演技、演出などで読み取らせることができないから全部セリフで説明するわけです。常識的に考えて、キャラが一人でいるシーンでベラベラと説明口調で話していたらただの頭のおかしい人ですよね。

まあ、なんでもない普通のシーンならそれでも問題なく読めますが、シリアスなシーンだと笑っちゃうし、むしろズルく思いますね。ズルいというのはつまり、作者が主人公を勝たせたいがために敵にベラベラと能力の説明をさせたりするアレです。吉良吉影が仗助に正体がバレるところも吉良が自分の名前を大声で話したからですし…。

吉良吉影の用心深い性格を最大限適応させていれば、あんな展開は成立し得ないはずです。上手い作家なら、吉良吉影の性格や能力を最大限発揮させ、その上でボロを出させたり、さらに主人公側が上回る戦略を練るでしょう。そうじゃないと見ている側はイライラするだけですから。事件を解決させるために犯人側をアホにしてボロを出させるご都合主義展開は、ダメな映画などでもよく見る展開ですね。

それに何故セリフで説明するのがいけないのか、その理由もちゃんとあります。「俺はそうは思わない」と言われたらしょうがないですが、僕の考える理由があります。

漫画アニメ映画の存在意義はなにか。それは言葉だけでは伝わらないような微妙なニュアンスを表現することです。そもそも漫画なんだったら絵で表現しないと漫画でやる意味がない。もしそれができないから文章をいれているのであれば、それは作者の力不足です。絵が下手だということですよね。

だから、例えばキャラが一人で歩いていて、右にキラキラ光る物が落ちていた場合、「なんだこれは…?ダイアモンドのようにキラキラ光っているぞ」などと言わないで、不思議そうな顔をして近づくとそれだけで表現できる。

他にも、何回ボコボコにしても起き上がってくる奴がいた場合、「こいつ!何度ぶっ倒しても起き上がってきやがる!!」みたいな台詞を言わせたりしますが、そんなことせずに、びっくりした顔して「マジかよ…」だけでわかります。

なのにキャラに説明させると正直クドイしイライラしてきますよね。見ればわかることをセリフでも説明すると情報が二重三重になってしまいます。つまりそれだけ無駄が多いということです。


そして、人の言葉というのは基本的に信用ならないものです。言葉だけならなんとでも言えるから。そして言葉よりも行動の方がより本音を語る。人間の感情というのは言葉よりも行動として現れます。むしろ思っていることを口に出して言うことの方が少ないのではないでしょうか。嫌いな上司がいてもその上司の前では「嫌いだ」とは言いません。でも表情やちょっとした態度にそれが現れます。漫画やアニメなどの絵で物語る媒体ではそういうのを表現するものだと思うのです。

素晴らしい実写映画なんかでは、キャラクターの誰もがほとんど本音を話さなかったりします。しかしそのキャラクターの表情や、その前後に取る行動、画面の演出なんかによって読み取れるようになっています。

口の達者な人は自分の気持ちを伝えられるが、口べたな人もいるし、そもそも話したがらない人もいる。やっと話したとしてもそれが必ずしも本音だとは限らないし、本人すらも自分の本音をわかっていない可能性がある。それが人間です。

ジョジョの荒木先生は意図的に説明口調で描いているから別に良いんだ。ということを言う人がいます。それは僕もわかるんですが、だとしたらその意図は?それでどういう効果を発揮しているのか。たとえ意図的であってもそれでマイナスになってるのであればダメですよね。

そして今書いてて、やっぱりキャラクターに人間味がないのが一番ジョジョの魅力を欠いているポイントだと思いました。

荒木先生は、キャラの葛藤は少年漫画では必要無い、という思想を持ってらっしゃるのでしょうがないのですが、その結果キャラがほとんど人間らしくない。

ましてや人間賛歌を謳っているジョジョで人間を描けていないのは如何なものかと……。僕はジョジョの登場人物全てが自分と同じ人間とは思えない。だから彼らが戦って勝とうが負けようが正直どうでもいい。

人間が描けているということで言えば同じジャンプで言うとハンターハンターの方が優れています。まあハンターはジョジョパクってるけど。

でも吉良吉影は僕の中で人間らしいと思えたキャラでした。僕も吉良と同じように手フェチだから共感できるし、目立ちたくないという性格も通じる。さらに欲にまみれており、葛藤も多いことから人間らしく見える。だから一番好きなキャラですね。

とにかく、僕は荒木先生の圧倒的発想力と芸術的センスが好きでジョジョを読んでますけど、決して上手い漫画ではないと思っています。上手くないからダメだというわけではなくて、上手くないからそれだけ好き嫌いの分かれる漫画なんだと思います。

超像可動 「ジョジョの奇妙な冒険」第四部 26.吉良吉影・セカンド(荒木飛呂彦指定カラー)

超像可動 「ジョジョの奇妙な冒険」第四部 26.吉良吉影・セカンド(荒木飛呂彦指定カラー)