愚かなる独白

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ろくでなしの雑記

労働者は底辺だと自覚しないと金持ちにはなれない

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 ネット上で「運送業は底辺じゃない」とか「建設業は底辺じゃない」とかの意見があった。彼らのロジックとしては、人の役に立っているからとか、世の中に必要な職業だから、といったものだった。確かに役には立っている。僕が今住んでいるマンションもそういった労働者がいなければ作られていない。しかし、底辺かどうかは役立っているかどうかで決まるものではない。どんなに役立っていようと、どんなに素晴らしい職業だろうと、底辺は底辺だ。いわゆる”社畜”と揶揄されているものに過ぎないのだ。

資本主義における階級

我々が普通に生活していても気付きにくいが、現在の資本主義下においては、4つの階級に分かれている。ある階級と階級の間に目に見えるような壁があるわけではないが、資本主義社会で価値を提供している人たちは4つに分類できる。

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資本家
一番上には資本家がいる。これは投資家に対して金を貸す人たちだ。日本では個人レベルでやっている人は殆どいない。

投資家
資本家の下には投資家がいる。彼らは自分の資本(お金)を企業などに投じてリターンを得る者だ。資本家と投資家の特徴としては、自分が働くわけではなく、お金に働いてもらうところだ。

経営者
経営者はその名の通り、会社を経営する人のこと。彼らは自分自身が働く必要があるが、労働者を使うことによって、自分のやりたいことを成し遂げ、利益も最大限増幅させる。

労働者
一番下には労働者がいる。労働者は労働する者を指す。サラリーマンやバイト、パートなどは労働者だ。彼らの特徴は自分の時間を提供して対価を得るということ。

 

労働者は他人のために働いているようなもの

こうやって見るとわかりやすいが、労働者は経営者がやりたいことのために雇われ、投資家や資本家達を稼がせている。ある意味搾取されているようなものだ。労働者が底辺だと言われるのは一番下にいるからという簡単な理由である。

なんの技術もなく、やりたいこともないという人がとりあえず就職しているが、それは自ら搾取されにいってるようなもの。自ら進んで底辺に行っている。本来は逆でなければならない。好きなことややりたいことがあって、それが企業に雇われることで成立するものだったら雇用されてもいいが、なんの技術もないのなら経営者になったり投資家になるべきである。

現実的になれるかどうかはしらないが、はなから労働者を目指すのは思考停止としか思えない。

 

時間とお金のどっちが大切か

労働者は自分の時間を売ってお金に変えている。時間とお金を交換しているのだ。だがよく考えてみよう。時間とお金ではどちらの方が価値が高いか。当然時間の方が価値が高い。つまり労働者は損する取引をずっと行っているようなものだ。

対して投資家はお金に働いてもらって自分は自由な時間を得ている。そして自分ではなく、お金を貸し出すことで、他人に働かせているからたくさん稼げる。そのかわり、その貸し出したお金が必ず返ってくるわけではない。損することもあるということだ。つまり投資家は自由を得るかわりにリスクを背負っているということ。

しかし、例えお金を損したとしても自分の自由の方が大切なので、そのリスクは背負うに価するリスクだというわけだ。

自由があるのは相当強い。投資しながら好きに労働することだってできるからだ。逆に言えば労働者も投資ができる。

 

誰だって上の階級に上がれる

僕は個人的に好きなことをやってる奴が一番強いと思うが、そんなものないという人にとって重要なのは、いかに働かずに金を得るかだ。もし自分の好きなことをやっているわけでないのなら、働かずに金を稼ぐ状況になれるために働くべきであって、その場しのぎで働くのはやめるべき。

まず消費を抑えて、浮いた金を投資に回す。そして労働しながら他の労働者から搾取すればいい。別に法的に制限されているわけでもなんでもないのだから、誰だって起業できるし、投資もできる。

「労働は尊いことだ」なんて言ってるのは、自分は正しいんだと思いたい負け組の労働者か、奴隷のように働いてくれる駒が欲しい経営者、投資家の言い分だ。そのことを自覚しないといつまでたっても金持ちにはなれない。

って誰かが言ってた